旧エンバーソン邸

旧エンバーソン邸は、静岡県静岡市駿河区池田に佇む、明治期を代表する西洋建築物です。1904年（明治37年）にカナダから派遣された宣教師、ロバート・エンバーソン（1867年～1910年）の私邸として建設されました。

建築の由来と移転の歴史

この建物は当初、静岡教会の敷地内、現在の静岡市葵区西草深に建てられました。この場所はかつて、徳川慶喜が1888年（明治21年）から1897年（明治30年）にかけて居住した邸宅の一部にあたる歴史的な土地でした。建設後、多くの宣教師たちがこの邸宅を住居として利用しました。昭和に入ると、静岡英和女学院の校舎が敷地内に移築されるなど、周辺環境は変化しました。1945年（昭和20年）の静岡大空襲では、周辺施設が大きな被害を受ける中、旧エンバーソン邸は類焼を免れ、復興の拠点としても活用されました。

1955年（昭和30年）には、旧エンバーソン邸の所有権がカナダ合同教会から静岡教会と静岡英和女学院に譲渡されました。その後、静岡教会の会堂建設に伴い、1958年（昭和33年）には建物全体を移動させる「曳家」が行われました。この曳家作業中に、建物の内部にあった煙突が破損するという出来事も起きています。建物の老朽化が進み、1985年（昭和60年）には解体の危機に瀕しましたが、当時の静岡市長が保存を表明したことを受け、静岡市が建物と敷地の寄贈を受け、保存が決まりました。そして1987年（昭和62年）に、現在の静岡市駿河区池田（日本平動物園の隣接地）への移築・復元が行われ、一般公開が開始されました。

建築様式の特徴

旧エンバーソン邸は木造2階建て、瓦葺きの構造を持ちます。その最大の特徴は、西洋の建築様式と日本の建築要素が見事に融合している点です。カナダの住宅建築に用いられる、屋根の荷重を分散させるキングポストトラスが構造材として使用されている一方で、内部には襖が用いられ、階段の手すりには擬宝珠の装飾が施されるなど、随所に日本的な意匠が取り入れられています。これは、異なる文化が交流した明治期の建築ならではの特色と言えるでしょう。

現在の活用と文化財指定

現在、旧エンバーソン邸は土日祝日に無料で一般公開されており、内部を見学することができます。往時の宣教師たちの暮らしや、和洋折衷の独特な空間を体感することが可能です。

この建物は、その歴史的価値と建築的な特徴が高く評価されており、2009年（平成21年）8月28日には静岡市指定有形文化財に指定されました。また、1995年度（平成7年度）には第4回 静岡市景観大賞優秀賞を受賞しています。

近年では、その趣ある佇まいから、映画やドラマ、ミュージックビデオのロケ地としても度々利用されています。映画『雪子さんの足音』や『ミステリと言う勿れ』、乃木坂46のミュージックビデオ、テレビドラマ『嘘解きレトリック』などでその姿を見ることができます。

旧エンバーソン邸は、明治期の宣教師の活動や、静岡の近代史を知る上で貴重な遺産であり、現在も市民に親しまれる文化施設として、その存在感を放っています。

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