明智探偵事務所

1972年に日本放送協会（NHK）によって制作され、NHK総合テレビジョンで放送されたテレビドラマです。この作品は、推理作家・江戸川乱歩が生み出した名探偵、明智小五郎を主人公に据えており、その副題に『江戸川乱歩全集』と銘打たれていたように、明智小五郎が登場する作品を中心に、乱歩の小説群をテレビドラマとして映像化することを試みたものです。

作品の特徴と舞台設定

本作はNHK大阪放送局が制作を担ったため、物語の主要な舞台として関西地方が設定されました。また、原作小説の発表された時代から離れ、ドラマの放送された1972年当時の現代劇として制作されており、当時の社会風俗や流行、例えばゴーゴー喫茶などが作中に取り入れられていたとされます。

登場人物の設定についても、原作から大胆な変更が加えられました。例えば、乱歩作品でお馴染みの少年探偵団は本作には全く登場しませんが、少年探偵団のリーダー格である小林芳雄は、少年ではなく青年として描かれ、明智小五郎の助手のような立場で物語に関わります。

放送期間と打ち切りの経緯

『明智探偵事務所』は、当初は1973年3月までの1年間、全52回の放送が予定されていました。しかし、実際の放送は半年後の1972年9月をもって終了となり、予定より大幅に短縮される形となりました。

打ち切りの背景には、複数の要因があったとされています。一つには、毎週異なる事件を扱い、1回完結形式で制作が進められたため、撮影ペースが非常に速く、出演者や制作スタッフに大きな負担がかかり、消耗が激しかったこと。また、視聴率が一桁台で低迷し続けたことも大きな理由でした。視聴者からの反応も厳しく、「物語の奥行きが足りない」「ストーリー展開が単純で結末が容易に予測できる」といった批判や苦情が多数寄せられたといいます。これらの状況に対し、当時のNHK放送総局長であった坂本朝一氏も、視聴者の意見を尊重する形で早期終了の判断を下したと伝えられています。

主演俳優が語る制作の舞台裏

本作で明智小五郎を演じた俳優の夏木陽介氏（2018年逝去）は、生前のインタビューなどで当時の制作状況について度々言及しています。夏木氏によれば、脚本の完成が遅れることが常態化しており、届いた脚本の中にはセリフの意味が通りにくい箇所もあったといいます。また、脚本を担当した福田善之氏がリハーサル現場に立ち会い、演出家が何も指示していないにもかかわらず、俳優にNGを出すという異例の事態も発生したそうです。これに対し、夏木氏は「（演技の判断は）演出家の指示に従う」と主張したこともあったとか。ある時、脚本の不明瞭な部分について夏木氏は演出家に修正を依頼しましたが、リハーサルになってもその箇所が直っておらず、あまりの杜撰さに呆れ、手に持っていた台本で軽く演出家の頭を叩こうとしたところ、誤って直撃してしまい、現場が一瞬にして緊迫したといいます。この一件がきっかけとなり、夏木氏は番組からの降板を示唆するに至り、それが結果的に番組の半年での終了につながった一因となったとも語られています。夏木氏は、後年この一件を「若気の至り」と反省する一方で、タイトな撮影スケジュールは明らかだったのだから、俳優がより良い演技に集中できるよう、制作側が工夫すべきだったとの考えも述べています。

主なキャスト

明智小五郎：夏木陽介
小林青年（小林芳雄）：斎穏寺忠雄
タカシ：萩原健一
ドンキー：佐藤蛾次郎
詩人：高橋長英
吉川文代：田村奈巳
ジロー：六人部健市
野々村一平（怪人二十面相？）：米倉斉加年
ユッコ：麻田ルミ
川手妙子：冨田良子（第10話より登場）

放送休止

放送期間中には、番組編成上の都合による休止措置も何度かありました。特に、1972年8月28日と9月4日には第20回夏季オリンピックミュンヘン大会中継のため2回、9月25日には日中首脳会談関連の報道特別番組のため1回と、合計3回にわたって放送が見送られました。

映像の現存状況

残念ながら、このドラマの放送当時の映像は、現在NHKにはほとんど現存していないとされています。1970年代初頭は、番組制作用に使用されるVTR（ビデオテープレコーダー）が2インチという大型規格で、機器本体も録画テープも非常に高価でした。このため、一度放送を終えたテープは、別の番組制作や収録のために繰り返し使い回されることが一般的でした。また、当時は放送局において、番組の映像を将来のために体系的に記録・保存するという概念自体がまだ十分に確立されていなかったという背景も、映像が残されていない要因として挙げられています。

もう一度検索