春のめざめ

フランク・ヴェーデキント『春のめざめ』

『春のめざめ』（独: Frühlings Erwachen）は、ドイツの劇作家フランク・ヴェーデキントによって1891年に発表された戯曲です。思春期の少年少女たちが直面する性の目覚め、大人たちによる抑圧、そしてその結果として生じる悲劇を描いた3幕構成の作品です。発表当初はその内容から検閲を受け、長らく上演禁止となっていましたが、1906年にマックス・ラインハルトの演出によってようやく初演されました。

あらすじ

物語の中心となるのは、ギムナジウムに通う優等生のメルヒオール、成績不振に悩むモーリッツ、そして同級生の少女ヴェントラの3人です。ある日、メルヒオールとモーリッツは偶然から性に関する知識について語り合い、メルヒオールはモーリッツに「子供を作る方法」を図解入りの文章で説明することを約束します。モーリッツは成績不振から仮進級に漕ぎ着けるも、学業の競争に耐えられず、メルヒオールの母親にアメリカへの逃亡資金を無心しますが断られます。絶望した彼は、川辺でピストル自殺を遂げてしまいます。

一方、メルヒオールは家畜小屋でヴェントラと関係を持ち、ヴェントラは妊娠します。ヴェントラは密かに幸福を感じていましたが、母親に妊娠を知られ堕胎させられ、その堕胎薬が原因で命を落としてしまいます。モーリッツの遺品からメルヒオールの書いた図解入りの文書が見つかり、ヴェントラとの関係も発覚したメルヒオールは、親によって感化院に入れられることになります。感化院を脱走したメルヒオールは、森の中でヴェントラの墓を見つけ、彼女の死を知ります。自責の念に駆られるメルヒオールの前に、首のないモーリッツが現れ、彼を死の世界へと誘います。しかし、そこに仮面をつけた紳士が現れ、「モラル」が想像から生まれたものでありながらも実体として存在することを教え、モーリッツを諭してメルヒオールを生の世界へと連れ戻します。

成立と受容

ヴェーデキントは、この戯曲の草稿をチューリヒで執筆した後、1890年10月から1891年4月にかけてミュンヘンで完成させました。抑圧された環境下における青少年の性を赤裸々に描き出し、強姦やサド・マゾヒズム、自慰を暗示する場面、同性愛の描写などが含まれています。ヴェーデキント自身は、これらの場面のほとんどが自身のギムナジウム時代に実際にあった出来事を基にしていると述べています。作中で自殺するモーリッツは、ヴェーデキントの2人の同級生、フランク・オバーリンとモーリッツ・デュアがモデルとなっています。ヴェーデキントは、デュアから自殺の計画を打ち明けられた際、彼についての戯曲を書くことを約束したとされています。

戯曲は当初、ミュンヘンの出版社に持ち込まれましたが、内容に対する法的な懸念から出版を断られ、最終的にチューリヒの書店からヴェーデキントの自費で出版されました。初版本の表紙は、フランツ・フォン・シュトゥックが担当しました。しかし、内容が問題視され、上演は禁じられ、実際に舞台にかけられたのは1906年になってからでした。初演はベルリン・ドイツ座でマックス・ラインハルトの演出によって行われましたが、検閲によって一部の場面はカットされました。プロイセンでは初演後に再び上演禁止が命じられましたが、1907年にはバイエルンで上演され、その後オーストリア各地でも舞台にかけられるようになりました。第一次世界大戦後も人気は衰えず、時代を現代に移し変えた演出などで、現在に至るまで上演が続けられており、20世紀の作品ではブレヒトの作品と並ぶほどの成功を収めています。

1928年にはマックス・エッティンガー作曲によるオペラ版が上演され、1924年と1929年にはそれぞれ映画化もされました。2006年には、ダンカン・シークの音楽とスティーブン・セイターの脚本によりブロードウェイでロック・ミュージカルとして上演され、トニー賞を8部門受賞するなど話題を呼びました。

日本における受容

野上豊一郎はこの作品を「恥ずべき作品」と誤解する人がいることを憂い、作品はあくまでも誠実と熱情をもって考えられた教育論的提唱を主題とし、世の親や教育者に向けて子供の成熟の可能性を考え、これに光と善導を与える立派な芸術作品であると主張しました。また、作中に縦線が多いことを伏字が多いと誤解している人もいるとし、これは伏字ではなく、台詞の中止を表す作者の癖だと述べています。

日本語訳（一部）

春の目ざめ（野上豊一郎訳、岩波文庫）
春のめざめ（柴田咲二訳、新栄閣）
春のめざめ（川崎芳隆訳、三笠文庫）
春のめざめ（菅藤高徳訳、河出文庫）
春のめざめ‐子供たちの悲劇（酒寄進一訳、岩波文庫）

日本での上演

近年では、朗読劇やストレートプレイ版が上演されています。

朗読劇（2014年、天王洲銀河劇場）
ストレートプレイ版（2017年、KAAT神奈川芸術劇場ほか）
ストレートプレイ版(再演)（2019年、KAAT神奈川芸術劇場ほか）