春日寛平
春日寛平（かすが かんぺい）は、文化9年（1812年）に備前岡山で生まれ、明治19年（1886年）に没した、江戸時代後期から明治期にかけて大阪で活躍した医師、漢方医です。幼名を高坂謙次といい、載陽（さいよう）や頤（い）とも号しました。高坂弾正の子孫にあたり、代々岡山の池田家に仕えた家系です。父である春日蕙山（高坂松大夫）が、代官職にあった際に刀の紛失事件に巻き込まれ岡山を離れることになり、寛平も8歳で父と共に大阪に移りました。父が大阪で医業を始めたのに続き、寛平も医師の道を歩みます。
大阪において、寛平はその卓越した医術で広く知られ、「嘉永（1848）以来名医を上げる時はまず指を載陽に屈した」と称されました。嘉永4年（1851年）に発行された浪花の町医者番付では最高位の大関に列せられています。今橋3丁目に医塾「医心庵」を開き、町医者として昼夜を問わず診療にあたるとともに、多くの後進を育成しました。50歳の時には、大阪にいながら備前候の医官に任命されるなど、その名声は故郷にも轟きました。
寛平の門下からは、後の民間救護団体「同愛社」の設立に尽力した高松凌雲をはじめ、長岡謙吉、阿波加脩造、廣瀬旭荘、呉北渚、望月惇一といった多数の人材が輩出されました。特に高松凌雲とは師弟として親密な交流を続け、凌雲は終生、寛平を師と仰ぎました。
また、寛平は大阪の学術の中心とも深い関わりを持ちました。関西大学の源流である泊園書院（藤澤東畡設立）の初期メンバーであり、主宰の藤澤東畡やその子・南岳とも親しい関係にありました。その交友の深さは、藤澤父子が寛平やその父蕙山らの墓誌を記していることからも伺えます。門人たちが編纂した遺稿集『載陽遺稿』は、詩文や禅学にも秀でていた寛平の学識を示すとともに、初期泊園門下の様子を知る上でも貴重な史料とされています。
寛平の医心庵は、緒方洪庵が主宰した適塾と隣接しており、建物の構造も似ていたといわれます。同郷（備中足守出身）である緒方洪庵とも深い交流があり、塾生たちの行き来がありました。漢方医でありながら、西洋医学にも理解を示し、洪庵が行っていた種痘事業にも協力しています。親しい間柄で、寛平が洪庵を「弟」と呼んでいた記録も残されています。
その人脈は医学界にとどまらず、当時の各界の名士に及びました。禅学への造詣から、本山妙心寺の管長を務めた蘆匡道老師と交流し、老師が悟りを開くきっかけを作ったとも伝えられています。女流歌人の蓮月尼とも親交があり、病気治療のために神光院へ赴いたこともありました。
国学者の萩原広道が、緒方洪庵や篠崎竹陰、中天游らを招いて寛平宅で開いた『源氏物語』の講筵は有名で、その時の筆記である『源氏物語評釈』は、「古注釈の最高峰」と評される重要な文献です。大塩平八郎とも交流がありましたが、天保の乱への参加要請は固辞し、堺へ避難するなど、冷静な判断力も持ち合わせていました。
幕末の動乱期には、長岡謙吉を通じて坂本龍馬とも縁が生まれました。寛平は、長岡謙吉が著した海援隊三部作の一つ『閑愁録』に奥書を寄せており、キリスト教の趨勢に対する懸念を共有していたことがうかがえます。また、京都高知県人会の会長を務めていたことからも、師である藤沢東畡の故郷との繋がりが見て取れます。
その他、岩崎弥太郎や渋沢栄一といった明治期を代表する実業家も、大阪来訪の折にわざわざ寛平を訪ねて交流するなど、その交流範囲は極めて多岐にわたりました。
寛平の人となりは「寛厚至誠」、温厚で誠実であったと伝えられます。彼の医療の根幹には、「薬は確かに効力があるが、患者が医者を信じなければその効力は失われる。ゆえに病を治したければ、まず病む者に私を信じさせるべきだ」という、患者との信頼関係を最も重視する哲学がありました。
春日家は、江戸初期から池田家に料理人として仕えており、医食同源の考えから料理人が医者を兼ねることもあった当時の状況を考えると、後の医業への道筋が見えてきます。父・蕙山、母・青山氏、姉・鼎の墓所は、緒方洪庵や中天游らと同じく大阪の龍海寺にあり、当時の交流の深さを今に伝えています。母の葬儀には千人以上が参列したといわれます。
寛平の直系の子どもたちは若くして亡くなったため、家は養子によって継がれました。子の育造（寶塚病院院長）と孫の健造（名古屋衛戍病院長など）は、岡山県倉敷市の守屋家から迎えられています。守屋家もまた池田候の藩医を務めており、また守屋庸庵（緒方洪庵の母方の親族）が洪庵の弟子であったことから、守屋家と春日家、緒方家には複雑な縁があったことが知られます。
晩年は病を得て半身不随となりながらも、明治6年（1873年）には大阪府漢方医試験委員を務めるなど、医界に貢献を続けました。明治19年（1886年）、75歳でその生涯を閉じました。
『載陽遺稿』をはじめとする寛平の著作は、彼の幅広い学識と当時の社会との関わりを示す貴重な資料となっています。適塾や泊園書院といった幕末・明治期の大阪における学問・医療の中心人物たちとの交流を通じて、彼はこの時代の知と医療の発展に大きな足跡を残しました。
大阪において、寛平はその卓越した医術で広く知られ、「嘉永（1848）以来名医を上げる時はまず指を載陽に屈した」と称されました。嘉永4年（1851年）に発行された浪花の町医者番付では最高位の大関に列せられています。今橋3丁目に医塾「医心庵」を開き、町医者として昼夜を問わず診療にあたるとともに、多くの後進を育成しました。50歳の時には、大阪にいながら備前候の医官に任命されるなど、その名声は故郷にも轟きました。
寛平の門下からは、後の民間救護団体「同愛社」の設立に尽力した高松凌雲をはじめ、長岡謙吉、阿波加脩造、廣瀬旭荘、呉北渚、望月惇一といった多数の人材が輩出されました。特に高松凌雲とは師弟として親密な交流を続け、凌雲は終生、寛平を師と仰ぎました。
また、寛平は大阪の学術の中心とも深い関わりを持ちました。関西大学の源流である泊園書院（藤澤東畡設立）の初期メンバーであり、主宰の藤澤東畡やその子・南岳とも親しい関係にありました。その交友の深さは、藤澤父子が寛平やその父蕙山らの墓誌を記していることからも伺えます。門人たちが編纂した遺稿集『載陽遺稿』は、詩文や禅学にも秀でていた寛平の学識を示すとともに、初期泊園門下の様子を知る上でも貴重な史料とされています。
寛平の医心庵は、緒方洪庵が主宰した適塾と隣接しており、建物の構造も似ていたといわれます。同郷（備中足守出身）である緒方洪庵とも深い交流があり、塾生たちの行き来がありました。漢方医でありながら、西洋医学にも理解を示し、洪庵が行っていた種痘事業にも協力しています。親しい間柄で、寛平が洪庵を「弟」と呼んでいた記録も残されています。
その人脈は医学界にとどまらず、当時の各界の名士に及びました。禅学への造詣から、本山妙心寺の管長を務めた蘆匡道老師と交流し、老師が悟りを開くきっかけを作ったとも伝えられています。女流歌人の蓮月尼とも親交があり、病気治療のために神光院へ赴いたこともありました。
国学者の萩原広道が、緒方洪庵や篠崎竹陰、中天游らを招いて寛平宅で開いた『源氏物語』の講筵は有名で、その時の筆記である『源氏物語評釈』は、「古注釈の最高峰」と評される重要な文献です。大塩平八郎とも交流がありましたが、天保の乱への参加要請は固辞し、堺へ避難するなど、冷静な判断力も持ち合わせていました。
幕末の動乱期には、長岡謙吉を通じて坂本龍馬とも縁が生まれました。寛平は、長岡謙吉が著した海援隊三部作の一つ『閑愁録』に奥書を寄せており、キリスト教の趨勢に対する懸念を共有していたことがうかがえます。また、京都高知県人会の会長を務めていたことからも、師である藤沢東畡の故郷との繋がりが見て取れます。
その他、岩崎弥太郎や渋沢栄一といった明治期を代表する実業家も、大阪来訪の折にわざわざ寛平を訪ねて交流するなど、その交流範囲は極めて多岐にわたりました。
寛平の人となりは「寛厚至誠」、温厚で誠実であったと伝えられます。彼の医療の根幹には、「薬は確かに効力があるが、患者が医者を信じなければその効力は失われる。ゆえに病を治したければ、まず病む者に私を信じさせるべきだ」という、患者との信頼関係を最も重視する哲学がありました。
春日家は、江戸初期から池田家に料理人として仕えており、医食同源の考えから料理人が医者を兼ねることもあった当時の状況を考えると、後の医業への道筋が見えてきます。父・蕙山、母・青山氏、姉・鼎の墓所は、緒方洪庵や中天游らと同じく大阪の龍海寺にあり、当時の交流の深さを今に伝えています。母の葬儀には千人以上が参列したといわれます。
寛平の直系の子どもたちは若くして亡くなったため、家は養子によって継がれました。子の育造（寶塚病院院長）と孫の健造（名古屋衛戍病院長など）は、岡山県倉敷市の守屋家から迎えられています。守屋家もまた池田候の藩医を務めており、また守屋庸庵（緒方洪庵の母方の親族）が洪庵の弟子であったことから、守屋家と春日家、緒方家には複雑な縁があったことが知られます。
晩年は病を得て半身不随となりながらも、明治6年（1873年）には大阪府漢方医試験委員を務めるなど、医界に貢献を続けました。明治19年（1886年）、75歳でその生涯を閉じました。
『載陽遺稿』をはじめとする寛平の著作は、彼の幅広い学識と当時の社会との関わりを示す貴重な資料となっています。適塾や泊園書院といった幕末・明治期の大阪における学問・医療の中心人物たちとの交流を通じて、彼はこの時代の知と医療の発展に大きな足跡を残しました。
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