時間の闇の中で

『時間の闇の中で』：ゴダール監督による10の「最後の瞬間」への問いかけ

ジャン＝リュック・ゴダール監督による短編映画『時間の闇の中で』(Dans le noir du temps)は、2002年製作のオムニバス作品『10ミニッツ・オールダー』に収録された10分間の作品です。同オムニバスは、「時」をテーマに15人の監督が参加した意欲作で、『時間の闇の中で』はその中でも特に実験的で、ゴダール監督の独自の視点が凝縮されています。

10の章から成る映像詩

『時間の闇の中で』は、全10章から構成されています。各章は「最後の瞬間」をテーマに、若さ、勇気、思考、記憶、愛、沈黙、歴史、恐怖、そして永遠といった、人間の普遍的なテーマを扱っています。それぞれの章は短いながらも、ゴダール監督特有の映像編集と引用によって、複雑で多様な意味合いを帯びています。挿入される字幕は、フランス語で「最後の瞬間」を意味する「Les dernières minutes de…」から始まります。

映画史へのオマージュと自己言及

この作品最大の特徴は、ゴダール監督自身の過去の作品、そして他の巨匠たちの作品からの引用をふんだんに用いている点です。『メイド・イン・USA』や『小さな兵隊』といった自身の代表作から、パゾリーニの『奇跡の丘』、エイゼンシュテインの『イワン雷帝』といった名作、さらにはビリー・ホリデイの楽曲まで、様々な映像や音楽が、ゴダール監督独自の解釈で再構成されています。特に、アンナ・カリーナ主演の『女と男のいる舗道』からの引用シーンは、映画史における重要な瞬間であり、同時にゴダール監督自身の映画人生への回顧とも捉えることができます。

「永遠の最後の瞬間」の章では、『奇跡の丘』で磔刑に処されるイエス・キリストの映像の後に、黒画面に「Vivre sa vie（みずからの人生を生きる）」という文字が浮かび上がり、続いてアンナ・カリーナの涙を流す顔が映し出されます。これは、彼女が主演した『女と男のいる舗道』の原題であり、彼女が映画館でドライヤー監督の『裁かるゝジャンヌ』を見て涙するシーンからの引用です。35年ぶりにゴダール作品に登場したカリーナの表情は、作品全体に深い余韻を残しています。

詩と映像の融合、そしてスタッフ

作品全体の構成や、各章の配置も、単なる映像の羅列ではなく、ゴダール監督の意図的な構成であることが分かります。例えば、ラストシーンはエイゼンシュテインの『イワン雷帝』からの鮮やかな色彩のシーンをスローモーションで映し出し、ゴダール監督の映像表現における熟練の技を見せつけています。また、映画の終わりを飾る「Soir, dit il.（夕方だ、と彼は言う）」というセリフは、数学者集団ブルバキや実験文学集団ウリポにも所属したジャック・ルーボーの詩からの引用で、作品に知的な深みを与えています。

スタッフ陣もゴダール作品に深く関わってきたベテランたちです。撮影監督のジュリアン・イルシュは、『ゴダールの決別』以降、ゴダール作品に携わり、録音技師のフランソワ・ミュジーも長年のパートナーです。助監督のオーレリアン・ポワトリムーや、脚本を担当したゴダール監督のパートナー、アンヌ＝マリー・ミエヴィルも、この作品に貢献しています。

まとめ

『時間の闇の中で』は、単なる短編映画という枠を超えた、ゴダール監督の映画人生、そして映画史への深い愛情が詰まった実験的な作品です。過去の巨匠や自身の作品を引用し、新たな意味を創造するゴダール監督の才能が、この10分間に凝縮されています。映画史に精通している人だけでなく、実験的な映像表現に興味のある人にも、強くおすすめしたい作品です。様々な解釈を許容する、ゴダールの芸術世界の深淵を垣間見ることができるでしょう。

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