書斎の聖アウグスティヌス (ボッティチェッリ、ウフィツィ美術館)

『書斎の聖アウグスティヌス』は、盛期ルネサンスの巨匠サンドロ・ボッティチェッリが1490年から1494年頃に制作したテンペラ画で、キリスト教のラテン教父である聖アウグスティヌスを主題としています。この作品は、フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されており、ボッティチェッリの円熟期の作品として高く評価されています。

主題の背景

この絵画の主題は、聖アウグスティヌスが聖ヒエロニムスに宛てて手紙を書いている場面です。偽書簡によると、聖アウグスティヌスは三位一体に関する意見を聖ヒエロニムスに尋ねようとしました。しかし、その時聖ヒエロニムスは臨終の床にありました。手紙を書き始めたアウグスティヌスの目の前に光が現れ、聖ヒエロニムスの声が響きます。「アウグスティヌスよ、あなたが今考えていることは、大海の水を小さな小瓶に入れるようなものだ」と。このエピソードは、人間の理解の限界と、神の偉大さを象徴的に表しています。

作品の詳細

ボッティチェッリは、聖アウグスティヌスを自身の書斎で書物に向かい、ペンを走らせている姿で描いています。書斎は筒型のヴォールト天井を持つ僧房であり、机は部屋の端から端まで伸びています。机の上で執筆に励む聖アウグスティヌスの足元には、破り捨てられた紙屑や鵞鳥の羽が散乱しており、彼の創作活動の様子が伺えます。

画面左側にはカーテンで覆われた入口があり、そこから差し込む光が室内に影を落とし、右側の壁を照らしています。この光の描写は、ボッティチェッリの卓越した技量を示すものです。背後の壁には聖母マリアの浮彫りが見え、画面上部の柱のペンデンティブには、花綱装飾で囲まれた横顔の肖像が描かれています。美術史家ロナルド・ライトボーンは、これらの肖像を聖アウグスティヌスの時代のローマ皇帝アルカディウスとホノリウスであると特定しました。これらの浮彫りは、ボッティチェッリの芸術が人文主義とキリスト教の融合を象徴しているとされています。

ボッティチェッリは、以前にも『聖母戴冠と四聖人』のプレデッラで書斎の聖アウグスティヌスを描いていますが、本作品ではより精緻で入念な描写がなされています。聖アウグスティヌスは司教の僧正服の上に修道士のスカプラリオを身につけており、これは彼が司教であると同時に修道院の創設者であることを示唆しています。このことから、本作が聖アウグスティヌス会に属する修道院からの依頼で制作された可能性が指摘されています。

また、本作品はジロラモ・サヴォナローラの説教に触発された、ボッティチェッリ晩年の作品群の一つとされています。

帰属に関する議論

この作品の帰属については、ジョルジョ・ヴァザーリがフィリッポ・リッピの作品として記録していますが、ラファエロ・ボルギーニはボッティチェッリの作品として言及しています。18世紀後半にはフィリッポ・リッピに帰属されることが多かったものの、1890年に美術史家ジョヴァンニ・モレッリがボッティチェッリの作品と断定して以降、その帰属は確立しています。

来歴

16世紀後半にベルナルド・ヴェッキエッティが所有していた本作は、その後、画家・美術商イグナツィオ・ハグフォード、ピエロ・ピエラッリと渡り、1779年にウフィツィ美術館に売却されました。

作品の影響

本作品は、フィリッピーノ・リッピに影響を与え、1493年頃に『書斎の聖ヒエロニムス』を制作するきっかけになったと考えられています。

『書斎の聖アウグスティヌス』は、ボッティチェッリの卓越した技術と深い精神性が融合した傑作であり、ルネサンス美術における重要な作品の一つとして、今日に至るまで多くの人々を魅了し続けています。

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