最後の審判の三連祭壇画 (ウィーン美術アカデミー)

ヒエロニムス・ボス「最後の審判」三連祭壇画：終末の光景と煉獄の概念

ヒエロニムス・ボスが15世紀後半に描いた『最後の審判の三連祭壇画』は、キリスト教の終末論をテーマにした壮大な作品です。この三連祭壇画は、中央パネルに最後の審判の場面、左翼パネルにエデンの園の物語、右翼パネルに地獄の光景を描き、生と死、善と悪の対比を鮮烈に表現しています。現在、ウィーン美術アカデミーに所蔵されており、その独特な表現と深遠な解釈は、美術史において重要な位置を占めています。

作品構成と各パネルの詳細

この祭壇画は、中央パネル（164 x 127cm）と、左右の翼パネル（各164 x 60cm）で構成されています。発注者や制作経緯は不明ですが、その内容からボスの宗教観と当時の社会状況が読み取れます。ボスは『快楽の園』や『乾草車』でも同様の画面構成を用いており、両翼に楽園と地獄を配置するスタイルが特徴的です。

左翼パネル：エデンの園の物語

左翼パネルは、反逆天使の追放、アダムとイヴの創造、原罪、そして楽園追放という4つのエピソードを、異時同図法を用いて描いています。この構成は『乾草車』と類似していますが、描かれる順番が異なり、反逆天使の追放が最上部に、アダムとイヴの創造が最前景に描かれています。ボスは、反逆天使とアダムとイヴの物語を一つの画面に描いた最初の画家とされています。楽園追放の場面では、大天使が剣を振り上げ、アダムとイヴを鬱蒼とした森へと追放しており、その劇的な瞬間を捉えています。

右翼パネル：地獄の責め苦

右翼パネルは、地獄で責め苦を受ける罪人の魂を描いています。悪魔が罪人の罪状を読み上げ、赤いテントの中で魂たちが苦しめられています。背景には炎が燃え盛り、地獄の絶望的な様子が描かれています。ボスは、このパネルでアイルランドの修道士による死後の世界の旅行記『トゥンダロスの幻想』の影響を受けたとされています。ボスは、この地獄の表現において、『乾草車』でも見られるような伝統的な悪魔の描写を採用しつつ、独特の解釈を加えています。

中央パネル：最後の審判と煉獄

中央パネルは、最後の審判の場面を描いていますが、従来の図像とは異なる独特な表現が見られます。画面上部には、裁判官として雲の上に座るキリストと、12使徒、聖母マリア、父なる神、そして最後の審判を告げる天使たちが描かれています。しかし、画面の中央から下にかけては、地獄のような光景が広がっており、様々な姿の悪魔が罪人たちを拷問しています。罪人たちは、吊るされ、縛られ、刺され、切り刻まれ、石臼で引き潰されるなど、悲惨な状況に置かれています。ボスは、この拷問の描写の中に、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰といった七つの大罪を潜ませているとされています。美術史家の中には、この場所を地獄ではなく煉獄であると主張する者もいます。煉獄とは、小罪を犯した者が送られる場所で、救済の可能性が残されています。中央パネルでは、救いを求めて祈る罪人の姿が描かれており、それは右翼パネルの地獄では見られない特徴です。

解釈の多様性：最後の審判か煉獄か

ボスの「最後の審判」は、伝統的な最後の審判の図像とは異なり、死者の復活や魂の選別の描写がありません。そのため、美術史家の間では、中央パネルが最後の審判の場所なのか、それとも煉獄なのかという議論が続いています。ルードヴィヒ・フォン・バルダスやパトリック・リューテルスヴェルドは、この場所を地獄と見なしましたが、カール・リンフェルトは、ボスが地上と地獄を明確に区別しなかったと主張しました。一方、D・バックスは、この場面が審判後、悪魔が罪人を地獄に連行する前の罰の場面だと考えました。ロジャー・マレイニッセンやウォルター・サミュエル・ギブソンは、この場所を最後の審判の場としましたが、死者の復活や魂の選別の描写がないことに疑問を呈しました。マルガレーテ・ポッホ＝カルスとエルンスト・メルテンは、中央パネルが煉獄を描いているという説を提唱しました。煉獄は、小罪を犯した者が罪を償う場所であり、救済の可能性が残されています。中央パネルで罪人たちが祈っているのは、煉獄の特徴と一致すると考えられます。この煉獄説は、中央パネルと右翼パネルにおける罪人の態度の違いを説明する説として、一定の説得力を持っています。

扉：聖人たちのグリザイユ

両翼の扉には、グリザイユ（モノクロの絵画）で聖人が描かれています。左側にはスペインの守護聖人である聖ヤコブ、右側にはヘントの守護聖人である聖バーフが描かれています。聖ヤコブは、巡礼者の帽子や杖、ホタテ貝の殻といったアトリビュートで識別され、聖バーフは、手に隼をとまらせていることで識別されます。扉の下部には紋章を描くための場所が設けられていますが、空白のままとなっており、この作品の発注者に関する情報を提供していません。

来歴と複製

この祭壇画の最古の記録は、1659年のオーストリア大公レオポルト・ヴィルヘルム・フォン・エスターライヒのコレクション目録に記載されています。その後、アントン・フランツ・デ・パウラ・ランベルク＝シュプリンツェンシュタイン伯爵のコレクションを経て、伯爵の死後、ウィーン美術アカデミーに遺贈されました。また、ベルリンの絵画館には、ルーカス・クラナッハによる複製が所蔵されています。

この祭壇画は、ヒエロニムス・ボスの独特な世界観と宗教観を色濃く反映した傑作であり、その詳細な描写と深遠な解釈は、今日に至るまで多くの人々を魅了し続けています。

もう一度検索