最後の晩餐 (ティントレット)

『最後の晩餐』は、ルネサンス期ヴェネツィア派の巨匠ヤコポ・ティントレットが、1592年から1594年にかけて制作した油彩画です。この作品は、ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂に収蔵されており、ティントレットの晩年の傑作として知られています。

ティントレットの『最後の晩餐』

ティントレットは、生涯にわたり『最後の晩餐』を複数回描いてきました。初期の作品では、食卓を正面から捉え、人物を画面と平行に配置するのが一般的でした。これは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』に見られるように、当時の絵画における典型的な構成でした。しかし、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂に収められた本作は、これらの伝統的な形式から大きく逸脱しています。

聖堂との融合

サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂は、1566年から1600年にかけてサン・ジョルジョ・マッジョーレ島に建立されました。この聖堂に設置されたティントレットの3点の絵画（『砂漠のユダヤ人』、『最後の晩餐』、『キリストの埋葬』）は、晩年のティントレット自身の手によるものです。特に『最後の晩餐』は、祭壇の位置と視覚的に一体化するように設計されており、聖堂の空間全体が作品の一部となるような、独特の構成が特徴です。

斬新な構図

ティントレットの『最後の晩餐』は、ジュリオ・ロマーノの『過ぎ越しの祭』の影響を受けつつ、従来の『最後の晩餐』の構図を大きく覆しています。画面の中心には、使徒たちではなく、皿を運ぶ女性や召使といった副次的な人物が描かれています。食卓は画面奥へと急な対角線を形成しており、この対角線の配置は、聖堂の右側の壁に絵画が設置されたことに起因しています。観る者は、食卓を高祭壇の延長として、また高祭壇を食卓の延長として捉えることができます。この独創的な構図は、ティントレットが作品を設置する場所の特性を考慮し、空間全体を作品に取り込もうとした結果と言えるでしょう。

光と影の演出

ティントレットの作品は、独特の光の使い方が特徴です。天井からの光と、イエスの頭上に描かれた光輪は、場面全体を不明瞭に照らし出しています。また、揺らめくロウソクの光は、ティツィアーノの『キリストの荊冠』に触発されたものとされています。画面に漂う無数の天使たちは、レオナルドの『最後の晩餐』とは異なる視覚的特徴を本作に与えています。

マニエリスムとバロックへの架け橋

ティントレットの『最後の晩餐』は、複雑で非対称的な構図の中にマニエリスムの要素を取り入れています。また、そのダイナミズムと、ヴェネツィアの旅館を思わせる日常的な描写は、バロック美術への移行を予感させます。この劇的な場面は、対抗宗教改革の理想と、カトリック教会が宗教芸術の教訓的性質に置いた信念と合致しており、観る者に深い感動を与えます。

ティントレットの『最後の晩餐』は、従来の宗教画の枠を超え、聖堂の空間、光、そして日常的な要素を融合させた、革新的な作品です。彼の芸術的才能と、革新的な試みが結実したこの作品は、後世の芸術家に大きな影響を与えました。

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