月僊

月僊：絵筆と慈悲の生涯

江戸時代中期から後期にかけて活躍した月僊(げっせん、1741-1809)は、独自の画風と豊かな慈善活動で知られる個性的な画僧でした。尾張国名古屋の裕福な味噌醸造業者の家に生まれた彼は、7歳で出家し、浄土宗の僧侶となります。幼少期から絵画への才能を示し、成長すると江戸に出て増上寺で修行しました。そこで増上寺46世の妙誉定月に師事し、画業に励む傍ら仏門の道を歩みました。

月僊は、雪舟の系譜を称する桜井雪館に師事し、さらに京都で円山応挙に学びました。応挙の写実的な画風や、蕪村ら諸派の影響を受け、独自の画風を確立していきます。山水画や人物画を得意とし、人物の表情には独特の寂寥感漂う作風が特徴です。

彼の画名は次第に高まり、多くの依頼が舞い込むようになりました。依頼があれば必ず画料を取ったことから「乞食月僊」と呼ばれましたが、その一方で、得た収入を社会貢献に充てる活動も積極的に行っていました。1774年には、伊勢国宇治山田(現在の三重県伊勢市)の寂照寺の再興のために入山。寺伽藍の整備、経典の購入、山道の改修など、巨万の富を投じて寺の発展に尽力しました。

天明の大飢饉の際には施米を行い、宮川にかかる橋の架け替え、伊勢大火の被災者救済など、数々の慈善活動を行いました。これらの活動は人々の心を動かし、彼の功徳は広く称えられました。晩年、彼は遺言により、貧しい人々の救済のために多額の金銭を奉行所に寄託しました。

月僊の作品は、京都妙法院、愛知県岡崎市の昌光律寺・寂照寺、三重県立美術館などに現存しています。弟子には、立原杏所、亜欧堂田善、村松以弘といった著名な画家がいます。代表的な作品には、『列仙図賛』(3巻、1784年刊)、『耕織図』、『月僊画譜』などがあります。

月僊の生涯は、芸術家としての成功と、社会への貢献を両立させた稀有な存在として、後世に語り継がれています。彼の作品からは、卓越した画技に加え、生きた時代への深い洞察と、人々への深い慈悲の心が感じられます。絵筆と慈悲の心で時代を駆け抜けた、画僧月僊の生涯は、現代においても多くの示唆を与えてくれるでしょう。彼の作品を通して、江戸時代の社会や文化、そして人の心の機微に触れることができるのです。

参考文献

角田九華 『続近世叢語』
伴蒿蹊 『近世畸人伝』
白井華陽 『画乗要略』
『扶桑画人傳』
『続諸家人物志』
『円山・四条派から現代まで―京都の日本画　「京都画壇二五〇年の系譜展」』　京都新聞社/編集　1994年

参考資料

三重県立美術館 所蔵品検索 月僊
画僧月僊の同時代評価についての文献的検討 山口泰弘、三重大学教育学部研究紀要（PDF）
* 画僧月僊の様式形成と先行絵画 山口泰弘、三重大学教育学部研究紀要（PDF）

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