本居春庭

本居春庭：江戸時代後期の国語学を担った宣長の息子

本居春庭（もとおり はるにわ、1763年-1828年）は、江戸時代後期の著名な国学者にして国語学者です。本居宣長を父に持ち、その才能と学問への情熱を受け継ぎました。幼少期より父宣長から厳格な教育を受け、文献の筆写や口述筆記を通して国学の基礎を築き上げていきます。特に20歳の頃に執筆した『活用言の冊子』は、後の活用研究に多大な影響を与えた重要な資料となっています。

若き日の春庭は、父の薬の販売を手伝うなど、学問活動以外にも多様な経験を積みます。また、『古事記伝』の刊行に際しては版下作業にも携わり、国学の発展に貢献しました。しかし、寛政3年（1791年）頃には眼病を患い、やがて失明してしまいます。このため、家督は養子の本居大平に譲ることとなります。

視力を失っても、春庭は学問への情熱を失うことはありませんでした。父宣長の死後も、その遺志を継ぎ、国学の普及に尽力します。多くの門弟を育て、その中には宣長の高弟も含まれていました。足代弘訓、東条義門、富樫広蔭といった著名な学者も春庭の門下生でした。

春庭の最大の業績は、動詞の活用に関する研究です。文化3年（1806年）頃に完成させた『詞八衢（ことばやつかど）』は、五十音を基に動詞の活用型と活用形を体系的にまとめた画期的な著作です。この書は、明治以降の文法研究にも大きな影響を与え、現代の動詞活用研究の基礎を築いたと言っても過言ではありません。形容詞の活用を扱っていない点については、五十音との関係性を明確にするための意図的な省略であったと考えられています。

『詞八衢』の刊行によって春庭の名声は高まり、門弟の数も急増しました。晩年には『詞通路（ことばつうろ）』も完成させています。これは、動詞の活用の違いによる意味の違いを詳細に分析したもので、宣長の研究を発展させ、動詞を6種類に分類し、「自他」「兼用」「延約」の3つの観点から考察しています。「自他」の観点からの分析が特に重要で、動詞の活用形態と自他動詞の対応関係を明確に示した点が大きな特徴です。

これらの研究は、「本居学派」と「富士谷学派」の両方の説を統合し、「末代迄不動説」の確立に貢献しました。春庭の没後も、『詞通路』は刊行され、その研究は後世に大きな影響を与え続けました。

主な著作としては、『古事記伝目録』、『詞八衢』、『後鈴屋集』、『詞通路』などが挙げられます。文政11年（1828年）、66歳でこの世を去った春庭は、樹敬寺に葬られ、宣長の墓と背中合わせに眠っています。没後も、一周忌を機に「悼前会」が開催され、明治36年まで続いたことからも、春庭が後世に与えた影響の大きさが伺えます。大正13年（1924年）には正五位を追贈されています。

本居春庭は、失明という大きなハンデを克服しながら、父宣長の学問を受け継ぎ、独自の研究を深め、日本の国語学の発展に大きく貢献した、偉大な学者であったと言えるでしょう。彼の研究は、現代においてもなお、高く評価されています。

もう一度検索