本朝通鑑

『本朝通鑑』：江戸幕府が編纂した壮大な歴史書

『本朝通鑑』（ほんちょうつがん）は、江戸幕府によって編纂された、全326巻にも及ぶ漢文編年体の歴史書です。寛文10年（1670年）に完成し、日本の神代から後陽成天皇の時代までの歴史を詳細に記述しています。

編纂の背景

江戸幕府は、国家の正史を編纂する事業の一環として『本朝通鑑』の編纂に着手しました。中心となったのは、儒学者の林羅山とその子、林鵞峯（春斎）です。3代将軍徳川家光の時代に羅山が編纂した『本朝編年録』が原型となりましたが、明暦の大火で焼失。その後、寛文2年（1663年）に徳川家綱の命により、鵞峯が編年録の完成を引き継ぎました。

正史編纂は難航しました。日本では延喜年間以降の正史が存在せず、史料の収集は困難を極めました。鵞峯は老中酒井忠清に協力を要請し、幕府は諸大名や朝廷、寺社などに記録の提出を命じました。寛文4年（1664年）には、林邸に国史館（弘文院）が設けられ、幕府の威信をかけた本格的な編纂事業が始まりました。

構成と内容

『本朝通鑑』は、提要30巻、附録5巻、前編3巻（神代）、正編40巻（神武天皇～宇多天皇）、続編230巻（醍醐天皇～後陽成天皇）、國史館日録18巻など、全326巻で構成されています。倫理的な判断を避け、史実を客観的に記述することが編纂の方針とされました。

呉太伯説を巡る論争

『本朝通鑑』を巡っては、水戸藩主徳川光圀が書中に「天皇の祖先は呉の太伯である」という記述を発見し、激怒したという伝説があります。これがきっかけとなり、水戸藩独自の史書『大日本史』の編纂が始まったと伝えられています。しかし、現在確認されている『本朝通鑑』には、そのような記述は存在しません。

この伝説は、安藤為章の『年山紀聞』に初めて登場し、藤田幽谷の『修史始末』などによって広まりました。明治時代には、日下寛が論文で現行の『本朝通鑑』に太伯説の記述がないことを指摘し、論争が起こりました。松本純郎は、詳細な研究に基づき、編纂過程で記述が削除されたという説は成立し難いと結論付けています。

羅山・鵞峯父子が個人的に呉太伯説に肯定的であった可能性はありますが、幕府の公式な事業である『本朝通鑑』において、あえてこの説を採用することはなかったと考えられています。

後世への影響

『本朝通鑑』は、江戸幕府の正史として、後世の歴史研究に大きな影響を与えました。その編纂過程や内容については、現在も研究が続けられています。国立国会図書館デジタルコレクションなどで閲覧することができます。

『本朝通鑑』は、単なる歴史書としてだけでなく、江戸幕府の文化政策や思想を理解するための貴重な資料としても、重要な意味を持っています。

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