杉山三郎 (レスリング)

杉山三郎氏は、1946年4月13日に三重県で生まれた日本のアマチュアレスリング選手、そして優れた指導者です。至学館大学（当時は中京女子大学）における女子レスリング部の設立とその世界的な強化、さらには日本代表チームのコーチとして、日本の女子レスリング発展に多大な貢献を果たしました。

選手としてのキャリアは、高校時代の柔道から始まりました。日本体育大学に進学後レスリングに転向し、すぐに頭角を現します。大学在学中の1967年には全日本レスリング選手権大会グレコローマン52kg級で頂点に立ちました。1969年に初めて世界選手権に出場しましたが、この時は早期敗退に終わりました。しかし、翌1970年の大会では見事銀メダルを獲得し、その実力を国際舞台でも証明しました。惜しくも1972年のミュンヘンオリンピック出場は逃しましたが、1974年の国民体育大会での優勝を最後に、選手生活に終止符を打ちました。

現役引退後、杉山氏は一時レスリングから離れ実業界に進みましたが、日本レスリング協会理事長だった笹原正三氏に請われ、黎明期にあった女子レスリングの指導に携わることになります。当時、体育学部を持ちながら看板となる競技がなかった中京女子大学からの相談を受け、女子レスリングが将来オリンピック種目となることを見越した笹原氏が、杉山氏を指導者として推薦したのです。大学での面接を経て、杉山氏は1988年に中京女子大学附属高等学校へ赴任し、女子レスリング部を創設します。しかし、専用の練習場はなく、限られたスペースに毎日マットを敷いて練習するという手探りのスタートでした。

翌1989年には大学の専任講師となり、中京女子大学にも女子レスリング部を立ち上げます。こちらも練習環境は厳しく、屋外や剣道場の片隅を間借りする状況でした。学内からはレスリング部への風当たりも強く、「大学の評判をさらに落とすな」といった厳しい言葉も浴びせられたといいます。部は当初「同好会」扱いであり、大学からの予算もありませんでしたが、バブル景気による企業のスポーツ支援の波に乗り、化粧品メーカーからの援助を得ることで、遠征費などの負担を軽減することができました。

創部間もない頃、全日本選手権3連覇の実績を持つ坂本涼子選手が入学します。杉山氏の指導のもと、坂本選手は入学後の大会で4連覇を達成。この指導手腕が評価され、杉山氏は1991年から全日本チームの強化委員に就任し、大学の枠を超えて指導にあたることになります。坂本選手はその後も全日本5連覇、そして怪我からの復帰を経て、杉山氏とともに臨んだ世界選手権で優勝を飾りました。

1996年、坂本選手が結婚を機に指導者となった栄和人氏に、杉山氏は大学・高校の監督職を譲り、自らは顧問という立場でチームを統括する道を選びました。これは栄氏に中途半端な気持ちで臨ませないための配慮でした。顧問として、杉山氏は栄氏と協力して全国の有望選手の勧誘にあたり、多くの優れた選手を獲得しました。この中には、後にオリンピックで前人未踏の4連覇を達成する伊調馨選手や、3連覇を果たす吉田沙保里選手といった、日本の女子レスリング界を牽引するスター選手が含まれていました。この選手獲得における成功が、その後の至学館大学の躍進に繋がります。

1990年代中盤からは、持ち前の語学力と独自の国際ネットワークを駆使し、海外チームとの積極的な交流を推進しました。これは、世界の女子レスリングのレベル向上に対応するための強化策であると同時に、女子レスリングを世界に広め、オリンピック種目採用を目指す活動を支援するものでした。スウェーデン、カナダ、中国など多くの国々と交流を持ち、英語で女子レスリングの歴史書を執筆するなど、国際的な普及活動にも尽力しました。インターネットが普及し始めると、いち早く電子メールを活用して海外との連携を密にし、国際大会への参加や海外チームの招致を実現させました。

さらに、インターネット黎明期における情報発信にも先駆的に取り組みました。1999年には全日本女子連盟のウェブサイト立ち上げに関与し、2000年の世界選手権では、国内では初めてとなる現地からの試合結果リアルタイム速報を実現させました。これは日本レスリング協会の公式サイト立ち上げよりも11ヶ月早い取り組みであり、当時の情報インフラを考慮すると画期的な試みでした。

杉山氏は2015年3月まで顧問を務め、この間、多くのオリンピック・世界チャンピオンを輩出しました。その功績を称える会が開催された際には、大学関係者や教え子たちから惜しみない感謝の言葉が贈られました。学長の谷岡郁子氏は、オリンピック種目化を信じて女子レスリング部を存続させた当時の苦労を振り返り、「つぶれかけていた大学から世界一の選手が出てくれた」とその成果を語りました。また、栄和人氏も、吉田選手や伊調選手の金メダル獲得には杉山氏の力が不可欠だったと、その多大な貢献に謝意を表しました。

特に吉田沙保里選手らが大量に入学した2001年頃の選手獲得においては、当時の日本レスリング協会強化委員長の「女子レスリングはオリンピックに採用されない」という発言が大きく影響したと杉山氏は分析しています。男子の出場枠削減を懸念する一部指導者の反対論が、強豪大学に女子選手のスカウトを躊躇させた結果、中京女子大学に優秀な選手が集まる追い風となったという見解です。吉田選手のような全国的な知名度を持つ選手に加え、伊調馨・千春姉妹のような選手も、伊調姉妹の師である沢内和興氏（杉山氏とは学生時代からのライバル）の「杉山がいる大学なら」という信頼のもとに入学を決めた経緯がありました。後に姉の千春選手が他大学から移籍を希望した際には、本人の強い意志と過去の経緯もあり、困難な交渉を乗り越えて受け入れることとなりました。

人間関係では、日本体育大学理事長を務める松浪健四郎氏とは日体大レスリング部の同期生として深い繋がりがあります。松浪氏は、かつて伊調馨選手が練習場所を失った際に練習場を提供し、さらに杉山氏に伊調選手の特別コーチを委嘱するという形で支援しました。これは、松浪氏が伊調選手を大学の指導者として迎え入れたいという大学運営者としての計画の一部であったことが後に明らかになっています。

杉山三郎氏は、選手としても指導者としても顕著な実績を残すとともに、女子レスリングの国際的な普及と地位向上に尽力し、数多くの世界トップアスリートを育て上げました。日本の女子レスリングが世界をリードする存在となる上で、その果たした役割は計り知れません。

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