李恩恵

李恩恵（リ・ウネ）とは：大韓航空機爆破事件と拉致問題の狭間で

李恩恵（リ・ウネ）という名前は、大韓航空機爆破事件と北朝鮮による日本人拉致問題という、二つの重大な事件を結びつける鍵となる人物（または偽名）です。この記事では、李恩恵を巡る経緯、金賢姫の証言、北朝鮮政府の主張を詳細に解説します。

李恩恵：金賢姫の日本人化教育係

李恩恵は、1987年に発生した大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫（キム・ヒョンヒ）に対して、日本人としての教育を施したとされる人物です。金賢姫は、事件実行のために徹底的な日本人化教育を受けました。その教育係こそが、李恩恵とされています。

しかし、李恩恵の正体は謎に包まれていました。日本の警察庁は失踪者の洗い直しを行い、金賢姫自身の証言などから、1991年5月に李恩恵が拉致被害者の田口八重子（たぐち・やえこ）であると事実上断定しました。日本政府も拉致被害者支援法に基づき、田口八重子を「李恩恵拉致容疑事案」の認定拉致被害者としています。

金賢姫の証言：李恩恵との日々

金賢姫は、1981年7月から1983年3月にかけて李恩恵（田口八重子）と起居を共にし、日本語や日本文化、生活習慣などを徹底的に教え込まれたと証言しています。金賢姫は一度も日本を訪れたことがなかったにもかかわらず、流暢な日本語を操り、日本人記者と自由に会話できるほどでした。

金賢姫は、李恩恵が日本に残してきた子供たちのことを気にかけており、寂しさを語る際に涙ぐむこともあったと述べています。この証言は、李恩恵が拉致される以前に日本で普通の生活を送っていたことを示唆しています。

北朝鮮政府の主張：事件への関与と李恩恵の存在否定

北朝鮮政府は、大韓航空機爆破事件への関与を一貫して否定しています。2002年9月、日朝平壌宣言に先立つ小泉純一郎首相（当時）の訪朝の際、北朝鮮は田口八重子を1978年に拉致したことを公式に認めました。しかし、田口八重子は1986年7月30日に死亡したと主張し、「李恩恵」という人物の存在自体を認めていません。

北朝鮮側の説明では、田口八重子は拉致後、原敕晁（はら・ただあき）という日本人男性と結婚しましたが、原が病死した後に自動車事故で死亡したとされています。しかし、北朝鮮は田口の遺体は洪水で流失したとしており、遺骨の返還も行われていません。

北朝鮮政府は、大韓航空機爆破事件は韓国のでっち上げであると主張し、金賢姫という工作員の存在すら否定しています。拉致問題についても、小泉訪朝までは「日本の反動勢力のでっち上げ」と主張していました。

李恩恵を巡る未解明な点

李恩恵（田口八重子）を巡る状況は、依然として多くの謎に包まれています。北朝鮮政府の主張は二転三転し、事件の真相解明を困難にしています。田口八重子の消息は依然として不明であり、生存を信じる家族や支援者たちは、真相究明と帰国を強く求めています。

李恩恵という名前は、拉致問題と国際テロという、二つの悲劇を象徴する存在として、私たちの記憶に深く刻まれています。

参考文献

荒木和博『拉致 異常な国家の本質』勉誠出版、2005年2月。ISBN 4-585-05322-0。 
荒木和博『北朝鮮拉致と「特定失踪者」』展転社、2015年10月。ISBN 978-4-88656-420-7。 
石高健次『これでもシラを切るのか北朝鮮』光文社〈カッパブックス〉、1997年11月。ISBN 978-4334006068。 
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会 著、米澤仁次・近江裕嗣 編『家族』光文社、2003年7月。ISBN 4-334-90110-7。 
重村智計『最新・北朝鮮データブック』講談社〈講談社現代新書〉、2002年11月。ISBN 978-4-00-431361-8。 
西岡力『コリア・タブーを解く』亜紀書房、1997年2月。ISBN 4-7505-9703-1。

もう一度検索