東京山林学校

東京山林学校（とうきょうさんりんがっこう）は、明治時代初期に農商務省が設立した、日本で初めて林学を専門に教える官立学校です。先進的な欧州の山林教育機関を範として創設され、当時の日本の高等教育機関の中でも、特に専門分野に特化した存在として、東京大学や工部大学校などと肩を並べる位置づけにありました。

設立の経緯と初期

その歴史は、1877年（明治10年）に内務卿大久保利通の上申により、北豊島郡西ヶ原村（現在の東京都北区西ケ原）への樹木試験場設置案が承認されたことに始まります。翌年には内務省地理局の管轄で樹木試験場の事業が開始され、1879年に内務省山林局が新設されると、試験場は同局に移管されました。その後、1881年（明治14年）の農商務省設立に伴い、山林局は農商務省の管轄となります。

山林学校の設立構想は着実に進み、1882年（明治15年）7月、太政官は農商務卿西郷従道による山林学校設置案を承認。同年11月には、農商務省山林局の管轄下、既に存在した西ヶ原の樹木試験場内に東京山林学校が設置されました。学務課と樹木試験場は廃止され、学校付属機関となりました。そして同年12月、最初の生徒49名を迎え、開校式が行われました。

学校の設立と運営に深く関わったのは、農商務省の権少書記官であり、樹木試験場の設置にも尽力した松野礀（まつのかなめ）です。彼は初代校長に就任し、同時に唯一の林学専門教師として教授職も兼務しました。一般課程の講師は東京大学に選抜・派遣が依頼され、1883年（明治16年）10月には、ドイツ留学で林学を修めた農商務省権少書記官、中村彌六（なかむらやろく）が教授として加わりました。

設立当初の教育内容

設立時に定められた「山林学校概則」は、この学校を「山林学諸科ノ生徒ヲ教育スル所」と位置づけました。修業年限は3年間。入学を志願できるのは、18歳から25歳までの身体が丈夫な者に限られました。さらに、ドイツ語、英語、フランス語のいずれかを理解できる語学力に加え、普通中学を卒業した者、またはそれに匹敵する学力、基本的な算術の知識、そして山林事業の概要を把握していることが求められました。

生徒は原則として自費で学ぶ私費生でしたが、学業成績が優秀で品行が優れている者は官費生となることができ、月額の手当が支給されました。ただし、山林局の便宜で官費生として採用された場合は、在学した期間の倍に相当する年数を官職に奉職する義務が課されました。

授業はすべて日本語で行われました。教育課程は冬期と夏期の二学期制で、最初の1年間を2級、その後の2年間を4級に分けて学年が進みました。前期1年間では、自然科学を中心とした一般課程を学び、後期2年間で林学に関する専門科目を履修しました。講義形式の授業と並行して、樹木試験場や官林などでの実地での演習（実習）が重視されました。

制度の改正と短期での廃止

1884年（明治17年）には「山林学校概則」が見直され、東京山林学校校則および細則が新たに公布されました。この改正により、学校の目的は「専ラ森林ノ学業ヲ教授スル所」（専ら森林の学業を教授する所）と、より専門性を強調するものとなりました。また、生徒は全員が寄宿舎に入る全寮制となり、修業年限は5年間に延長されました。

入学資格も変更され、入校後1年以内に徴兵の対象とならないこと、そして身長が5尺以上であることといった身体的な条件が付加されました。教育課程は5年間を10級に細分化し、10級から4級まで「練兵術」が導入されるなど、カリキュラムが改訂されました。特に8級以降の専門科目がより充実されました。また、この改正規則によって、入学者の呼称が「生徒」から「学生」へと変更されています（これは当時の東京大学本科生の呼称に倣ったものとされています）。

しかし、東京山林学校の歴史は長く続きませんでした。1886年（明治19年）7月、政府の学校再編に伴い、東京山林学校は駒場農学校と共に廃止されることとなりました。そして、両校を統合する形で、駒場に新たに東京農林学校が創設されたのです。

1882年の開校から1886年の廃止までの期間に、累計176名が入学しましたが、学校が廃止された時点で在籍していたのは124名でした。残念ながら、東京山林学校としては卒業生を出すことはありませんでした。

跡地の利用とその後の変遷

東京山林学校が駒場に移転・統合された後、西ヶ原の跡地は農商務省の他の機関に引き継がれました。蚕病試験場や農事試験場本場などがこの地に移転してきました。蚕病試験場は、その後東京蚕業講習所、東京高等蚕糸学校などと改称を重ね、第二次世界大戦後には東京農工大学繊維学部（後の工学部）へと発展しました。また、農事試験場も戦後に農業技術研究所（通称：農研）と改称され、1980年（昭和55年）には農林水産省農業総合研究所として茨城県つくば市に移転しました（この研究所は2001年に農林水産政策研究所に改組されています）。

東京山林学校は短い期間ではありましたが、日本における近代的な林学専門教育の先駆けとして、その後の林業技術者育成に重要な役割を果たした歴史的な存在と言えるでしょう。

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