東洋大日本国国憲按

東洋大日本国国憲按（とうようだいにほんこくこっけんあん）

概要

東洋大日本国国憲按は、1881年（明治14年）に、国会期成同盟の大会決議を受けて立志社の植木枝盛によって起草された私擬憲法です。この憲法案は、自由民権運動の左派の中でも最も民主的かつ急進的な内容を持つとされています。その最大の特徴は、人民主権の確立、広範な自由権の保障、そして抵抗権（不服従権）・革命権を明記した点にあります。また、立憲君主制を採用しつつも、連邦制と一院制を導入し、議会の権限を大幅に強化しようとした点も注目されます。この憲法案は、別名「日本国国憲按」とも呼ばれます。

内容（現代語訳、抜粋）

以下に、東洋大日本国国憲按の主要な条文を現代語訳で抜粋します。現代語訳は、を参考にしています。

基本原則

第一条: 日本国は、日本国憲法に従って国を築き、保つ。
第二条: 立法府（国会）、行政府（政府）、司法庁（裁判所）を設置し、憲法がその規則を定める。

連邦制

第七条: 日本を構成する各州（例：武蔵州、山城州など）を連合し、日本連邦を形成する。
第八条: 日本連邦政府を設置し、州を超えた政治を司る。
第九条: 連邦は、各州の自由独立を原則として保護する。
第十条: 州として独立していない地域は連邦政府が管理する。
第十一条: 連邦は、各州を外国からの侵攻から防衛する責務を負う。
第十二条: 連邦は、州間の関係について規則を定めることができる。
第十三条: 連邦は、州の内部事項や郡・町村の制度に干渉しない。
第十四条: 連邦は、州の土地を奪うことはできず、州の廃止は州の同意が必要。
第十五条: 憲法改正なしに州の合併・分割・境界変更はできない。
第十六条: 新たな州が連邦と一体化する場合は妨げられない。
第二十九条: 各州は、連邦の大原則に反しない限り、独立して自由であり、政治体制も自由に決定できる。
第三十条: 各州は、外国との条約締結を制限される。
第三十一条: 各州は、連邦や他の州の権利に関わらない範囲で経済・警察分野での取り決めが可能。
第三十二条: 各州は、急迫した危険がない限り戦闘はできない。
第三十三条: 各州は、相互に戦闘できず、紛争は連邦政府に委ねる。
第三十四条: 各州は、緊急時には連邦や他州に救援を求められ、要請を受けた場合は救援を送る。
第三十五条: 各州は常備兵を持つことができる。
第三十六条: 各州は護郷兵を持つことができる。
第三十七条: 連邦の許可なしに二州以上で盟約を結ぶことはできない。
第三十八条: 二州以上で協議し、連邦に通知することで、境界変更や合併が可能。

自由権・平等権

第四十三条: 法律によらなければ、人民の自由は損なわれない。
第四十四条: 人民は、生命、身体、健康、名誉、財産を享受する権利を持つ。
第四十五条: いかなる罪を犯しても、人民の生命を奪うことはできない。
第四十六条: 法律によらない刑罰、逮捕、拘留、監禁、取り調べは禁止される。
第四十七条: 一つの罪で繰り返し刑罰を加えることはできない。
第四十八条: 人民は拷問を受けない。
第四十九条: 思想の自由が保障される。
第五十条: 宗教の自由が保障される。
第五十一条: 言論の自由が保障される。
第五十二条: 議論の自由が保障される。
第五十三条: 出版の自由が保障される。
第五十四条: 集会の自由が保障される。
第五十五条: 結社の自由が保障される。
第五十六条: 歩行の自由が保障される。
第五十七条: 住居の不可侵が保障される。
第五十八条: 居住・旅行の自由が保障される。
第五十九条: 教育の自由が保障される。
第六十条: 産業を営む自由が保障される。
第六十一条: 法的手続きなしに屋内の探索、調査は禁止される。
第六十二条: 通信の秘密が保証される。
第六十三条: 国籍離脱の自由が保障される。
第六十五条: 財産権が保障される。
第六十六条: 罪を犯しても私有財産は没収されない。
第六十七条: 正当な補償なしに財産を公共に供されることはない。
第六十八条: 請願の権利が保障される。

抵抗権・革命権

第六十四条: 法に反するすべての物事に抵抗する権利を持つ。
第七十条: 政府が憲法に反する場合、人民は従う必要がない。
第七十一条: 政府や役人の抑圧的行為に対し、人民は排除する権利を持つ。政府が横暴な場合は、武器をもって対抗できる。
第七十二条: 政府が憲法に背き、自由を害する際には、政府を打倒して新たな政府を樹立できる。

皇帝の権限

第七十五条: 皇帝は、国政の責任を負わない。
第七十六条: 皇帝は、刑を受けることはない。
第七十七条: 皇帝は、身体にかかる税を負担しない。
第七十八条: 皇帝は軍を支配し、戦争開始・講和を決定する。ただし、立法院への報告義務がある。
第七十九条: 皇帝は、非常時には立法院の議論を経ずに兵士を募集できる。
第八十条: 皇帝は、外交事務を統括し、外交官を任命できる。
第八十一条: 皇帝は、勲章を授与できる。
第八十二条: 通貨の創造・改造は立法院の決議が必要。
第八十三条: 皇帝は、国会の承認を得て連邦の受刑者を釈放したり刑を軽くすることができる。司法権の行使を妨害できない。連邦閣僚の職務上の罪に関しては、連邦立法院の承認なしに恩赦や減刑はできない。
第八十四条: 皇帝は、立法議会を延長できるが、立法議院の承認がない場合、30日を超えることはできない。
第八十五条: 皇帝は、軍備を調えることができる。
第八十六条: 皇帝は、国政に必要な命令を出すことができる。
第八十七条: 人民の権利に関わること、国家の金銭を費やすこと、国家の土地に変更を加えることについては、連邦立法院の議決を経る必要がある。
第八十八条: 皇帝は、連邦行政府に出向いて政務を行う。
第八十九条: 皇帝は連邦行政府の長であり、連邦の行政官・行政職員を任命することができる。
第九十条: 皇帝は、連邦司法庁の長であり、法の判断を下し、法務官を任命する。
第九十一条: 皇帝は、現行の法律を廃止したり、すでに定まった法律を放置したりすることはできない。
第九十二条: 皇帝は、法律によらずに税を取ることはできない。
第九十三条: 皇帝は、法律によらずに立法院の議論を拒むことはできない。
第九十四条: 皇帝は立法議会と意見が一致しない場合、一度その議会を解散させることができ、再選を命じなくてはならない。一度解散した後再開した議会は、同じ案件について再び解散することはできない。
第九十五条: 立法院の議決が実施困難な場合、皇帝は議会に再議を求めることができる。その際は理由を明示する必要がある。

立法権

第百十四条: 立法権は、日本連邦人民全体に属する。
第百十五条: 日本連邦人民は、連邦の議会制民主主義に参加することができる。
第百十六条: 日本皇帝は、日本連邦の立法権に関与できる。
第百十七条: 連邦の法律制度は連邦立法院で定める。
第百十八条: 連邦立法院は全国にただ一つ置く。
第百十九条: 連邦の立法権は、間接制民主主義によって行使する。
第百五十一条: 非常事態の場合、皇帝は臨時会を召集できる。
第百五十二条: 連邦会議の開会・閉会は皇帝がつかさどる。
第百五十三条: 毎年、皇帝の命令がなくても連邦議員は自ら集まって議事を行うことができる。
第百五十六条: 解散された議会は、皇帝が国法に従って再開しない場合、自ら復活できる。
第百六十四条: 連邦立法院の決定に皇帝が同意しない場合、立法院は再議し、過半数の同意で皇帝に報告することで、成案が実行される。

統帥権

第二百八条: 軍隊の指揮権は皇帝が持つ。
第二百九条: 皇帝は国軍の大元帥である。
第二百十条: 国軍の将校は皇帝が選任する。
第二百十一条: 常備兵は、皇帝が法律・規則に従って民衆から募集し採用する。
第二百十二条: 皇帝は常備軍を監督し、非常時には兵士を募集できる。

緊急事態条項

第二百十五条: 戦乱時には、人身の自由、住居の自由、言論・出版の自由、集会・結社の自由などの権利を制限できる。ただし、事態終結後は直ちに廃止しなければならない。
第二百十六条: 戦乱時には、相当の補償と引き換えに私有地や私有物を使用・破壊・消費できる。緊急時には事後補償も可能。
第二百十七条: 戦乱時には、やむを得ない範囲で法律を設定できる。

影響

大日本帝国憲法が制定されると、東洋大日本国国憲按を含む私擬憲法は国家への反逆とみなされ、歴史から姿を消しました。しかし、1930年代に鈴木安蔵らによって再発見され、その後の憲法制定に影響を与えました。

特に、鈴木が作成に関わった「憲法草案要綱」は、GHQによる憲法草案のベースとなり、現行の日本国憲法の間接的な源流の一つと見なされています。東洋大日本国国憲按が、自由民権運動の精神を体現し、後の日本国憲法にまで影響を及ぼしたことは、特筆すべき点と言えるでしょう。

脚注

注釈

参照

中村克明「校訂・日本国国憲案（植木枝盛憲法案）」『関東学院大学人文学会紀要』第134号、関東学院大学文学部人文学会、2016年、105-121頁、NAID 120006026438。
植木枝盛の憲法構想 - 史料にみる日本の近代 - 国立国会図書館
山本泰弘による現代語訳(ブログ版)
東洋大日本国国憲案（日本国国憲案） - 青空文庫

関連項目

国会期成同盟 - 全国の民権家グループに私擬憲法作成を呼びかけた。
五日市憲法 - 私擬憲法の一つ。戦後、かつての豪農の土蔵から発見された。
高知市立自由民権記念館

外部リンク

もう一度検索