東海道新幹線火災事件

東海道新幹線火災事件

この事件は、2015年（平成27年）6月30日、東京発新大阪行き「のぞみ225号」が東海道新幹線の新横浜駅〜小田原駅間を走行中に発生しました。列車内で男がガソリンを撒いて焼身自殺を図り、これによって発生した火災により、死者2名、負傷者28名を出す惨事となりました。これは、1964年10月の東海道新幹線開業以来、また全新幹線においても初めての列車火災事故という、極めて異例の事態でした。

事件の経緯

事件は同日午前11時30分頃に発生しました。71歳の男性が、新幹線N700系車両の1号車最前部付近で、持参したガソリンをかぶってライターで火をつけたとされています。火の手が上がると、男性は客室前方のデッキ部分で倒れて死亡しました。司法解剖の結果、死因は焼死でした。

火災発生後、列車は小田原市内で緊急停車しました。乗務員（運転士）が車載の消火器で速やかに初期消火にあたり、火は消し止められました。

しかし、火災によって発生した煙は1号車だけでなく、隣接する2号車にも充満しました。乗客たちは3号車より後方へ避難しましたが、1号車後方デッキで倒れていた52歳の女性乗客が発見され、死亡が確認されました。この女性は、伊勢神宮への参拝に向かっている最中だったといいます。司法解剖の結果、女性の死因は気道熱傷による窒息死と判明しており、火災に巻き込まれたものとみられています。その他、乗客26名と乗務員2名を含む合計28名が煙を吸うなどして重軽傷を負い、緊急停車した列車内で救急隊員によるトリアージが行われ、重症者は搬送されました。

緊急停車した列車は現場で神奈川県警による検証を受けた後、午後2時過ぎに小田原駅へ移動し、残りの乗客を降ろしました。この列車は運転を打ち切り、体調不良を訴えた運転士に代わり、資格を持つ車掌によって三島車両所へ回送されました。

火災の激しさはすさまじく、7月3日に検証が行われた火災車両の1号車は、1〜3列目付近の座席が骨組みだけになり、窓やカバーの樹脂が溶けるなど、特に前方半分で甚大な被害を受けていました。すすは2号車の前方にも及んでいました。損傷が著しい1号車（783-2059）は修復不能と判断され、新たに製造された車両と差し替えられた後、残りの車両と連結され、約1年後の2016年7月29日に運用に復帰しています。

刑事捜査と動機

神奈川県警は事件発生翌日の7月1日、焼身自殺を図った男性の自宅を家宅捜索しました。当初、殺人や現住建造物等放火の疑いで捜査が進められましたが、男性が犯行直前に乗客に避難を促していた状況などから、殺意の認定は困難と判断されました。最終的に、県警は現住建造物等放火と傷害致死などの疑いで、男性を被疑者死亡のまま横浜地方検察庁へ書類送検しました。しかし検察は10月20日、被疑者の死亡を理由に不起訴処分とし、動機は特定されないまま捜査は終結しました。自宅からは犯行に繋がる具体的な動機を示す証拠は見つからなかったと報じられています。

防犯カメラの映像などからは、男性が地元の駅で乗車し、東京駅で新幹線に乗り換えており、車内で犯行の準備を進めていたことが判明しています。所持していた乗車券は、事件発生現場よりも先の駅までのものでした。

男性は岩手県出身で、上京後は「流し」の歌手や幼稚園バス運転手などの職に就いていた時期がありました。知人によれば、事件前日にポリタンクを持ってガソリンスタンドへ向かう姿が目撃されています。事件の約1年前からは清掃業で働いていましたが、年金の少なさに不満を漏らし、「年金基金の前で首をつってやる」などと自殺を示唆する言動を繰り返していたといいます。また、ギャンブル好きで借金があり、姉は「借金で追い詰められていたのではないか」と語っています。事件半年ほど前には自宅アパートの窓ガラスを蹴破るなどの行動も見られており、部屋は段ボールやごみで埋まっていたという証言もあります。精神科医からは、社会から不幸を押し付けられたという被害妄想にとらわれ、社会への報復や自己顕示欲から犯行に至った可能性も指摘されています。

運転への影響と対策

火災発生直後から東海道新幹線は全線で運転を見合わせ、ダイヤは大幅に乱れました。運転再開後も、同日夜までに多数の列車が運運休や大幅な遅延（最大5時間以上）が発生しました。

この事件を受け、国土交通省は新幹線を運行する各事業者に対し、駅構内や車両内の巡回強化など、当面の警備体制強化を要請しました。また、車両の安全性向上や火災・テロ対策についても検討を進めることになりました。

しかし、新幹線の最大の利点である大量高速輸送と即時乗車という特性上、飛行機のような厳格な手荷物検査や金属探知機の設置は難しいのが現状です。事件から年月が経過しても、本格的な手荷物検査は導入されていません。

一方で、JR東海とJR西日本は安全対策強化の一環として、車両客室内の防犯カメラを増設し、常時撮影を行うことを発表しました。これにより、2018年度までに全ての車両で客室内の状況が把握できるようになりました。JR九州やJR東日本も同様のカメラ増設や常時撮影化を検討・実施しています。さらに、2016年4月からはガソリンや灯油などの可燃性液体について、量の多少にかかわらず車内への持ち込みが全面禁止となりました。

社会の反応

この事件は「安全神話の崩壊」と報じられ、日本の新幹線の危機管理体制に警鐘を鳴らす出来事として捉えられました。国際テロ対策の専門家からは、大規模イベントの度に新幹線のセキュリティが課題となる中で、今回の事件がそのリスクを現実にしたとの指摘がありました。また、過去最悪の被害となった新幹線関連の事件・事故として、運行管理体制そのものを問い直す契機ともなりました。

事件の影響は広範囲に及び、事件発生の約2週間後にBS-TBSで放送予定だった映画『新幹線大爆破』が延期されるという出来事もありました。

関連項目

日本の鉄道に関する事件
新幹線#安全性
大邱地下鉄放火事件（韓国で発生した類似の放火事件）
2018年東海道新幹線車内殺傷事件（本件と同じ区間で発生した別の凶悪事件）

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