東郷ターン

東郷ターン：勝利の裏に隠された真実

東郷ターンとは、日露戦争における日本海海戦で、連合艦隊司令長官・東郷平八郎が下したとされる大胆な回頭戦術です。NHKドラマ『坂の上の雲』などの影響で、丁字戦法を有利に進めるための劇的な決断として広く知られています。しかし、史実を紐解くと、そこにはドラマとは異なる、より複雑な状況と決断があったことがわかります。

丁字戦法の限界

日本海軍は、日本海海戦の約半年前に黄海海戦でロシアの旅順艦隊と交戦した際、すでに丁字戦法を試していました。しかし、この戦法は敵に戦闘意欲がない場合や、敵が回頭して逃げる場合には効果を発揮しません。黄海海戦ではロシア艦隊が逃走したため、丁字戦法は失敗に終わりました。それどころか、敵の逃走時に放たれた副砲の斉射によって日本の艦船が小破するという事態も発生しました。

この経験から、連合艦隊は丁字戦法の限界を認識し、秋山真之を中心に新たな戦術の検討を開始しました。

幻の奇策「連結機雷」

秋山真之らが考案したのは、「連結機雷」という戦術でした。これは、複数の機雷をロープで連結し、水雷艇を使って敵艦隊の進路上に敷設するというもので、事前に敵艦艇に損害を与え、その後の砲撃戦を有利に進めることを目的としていました。連合艦隊はこの戦術を採用し、政府も最重要機密としていました。

日本海海戦、決断の時

5月27日早朝、日本海海戦当日。秋山真之から東京へ「敵艦見ユトノ警報二接シ 連合艦隊は直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、本日天気晴朗ナレドモ波高シ」という電報が打たれます。この電報に含まれる「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」という一文は、実は機雷を敷設する水雷艇が波高のために出撃できないことを意味していました。これにより、連合艦隊は「連結機雷」作戦を断念せざるを得なくなってしまいます。

頼みの綱であった奇策を失った連合艦隊は、具体的な作戦を持たないまま大国ロシアとの決戦に臨むことになりました。さらに、東郷が当初考えていた作戦は、敵艦隊の西側で反転し、同航戦に持ち込むというものでしたが、敵艦隊の位置を測距する際にミスが発生し、連合艦隊はバルチック艦隊の正面に出てしまうという危機的な状況に陥ります。

この時、危険を避けて敵の西側へ転針すれば逃れることも可能でしたが、東郷は敢えて取舵（東へ転針）を選択します。この決断は、敵の集中砲火を浴びる危険を冒すものでしたが、東郷は「たとえ三笠が沈められようとも、バルチック艦隊は絶対に逃がさない」という強い決意を持っていました。

勝利へのターニングポイント

数々の問題に見舞われながらも、連合艦隊を勝利に導いたのは、この捨て身の「東郷ターン」でした。敵の正面に飛び込むという大胆な決断が、結果的にバルチック艦隊の陣形を崩し、その後の砲撃戦を有利に進めることにつながったのです。

東郷ターンは、単なる戦術的な成功例として語られるべきではありません。そこには、作戦の変更を余儀なくされる状況、決死の覚悟で下された決断、そして、勝利への執念が込められていたのです。

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