松井須磨子

波乱の生涯：女優・松井須磨子

松井須磨子は、明治19年（1886年）長野県に生まれ、大正8年（1919年）に20代前半で生涯を閉じた日本の新劇女優です。本名は小林正子。わずか30年余りの人生は、2度の離婚、美容整形、島村抱月との恋愛、そして自殺という、劇的な出来事に彩られています。その生涯は、多くの小説や映画、ドラマの題材となり、現在でも人々の関心を集めています。

困難な生い立ちと女優への道

須磨子は、旧士族の家に九人兄弟姉妹の末っ子として生まれました。幼少期は養女として過ごしますが、養父の死後実家に戻り、その後父も亡くします。17歳の頃、姉を頼って上京し、裁縫学校に通いながら、様々な経験を重ねました。

最初の結婚は短期間で終わります。病気の舅との不仲、そして夫から性病をうつされたことが離婚の理由でした。この経験は、須磨子の人生に大きな影を落とします。しかし、この時出会った前沢誠助と再婚。前沢が東京俳優養成所の講師となったことが、須磨子の女優への道を切り開きます。

女優を志すも、容姿にコンプレックスを抱いていた須磨子は、鼻筋に蝋を注入する隆鼻術を受けます。これは当時としては最先端の美容整形手術であり、須磨子の容姿に大きな変化をもたらしました。「日本初の整形美人女優」と呼ばれる所以でもあります。しかし、この手術は後年、蝋がずれるなどの後遺症に苦しむことになります。頻繁に起こる炎症と痛みは、冷水で患部を冷やすこと以外に治療法がなく、恋仲であった島村抱月にもその醜態を指摘されるなど、辛い経験をしました。

スキャンダルと成功、そして悲劇

二度目の結婚相手である前沢誠助との結婚生活も長くは続きませんでした。女優業に専念するため、1910年に離婚。

その後、須磨子は坪内逍遥の文芸協会演劇研究所に入所します。小学校卒業という学歴と容姿から、当初は苦労しますが、持ち前の熱意と才能で認められ、1911年に帝劇でデビューを果たします。

1913年には、島村抱月らと芸術座を旗揚げ。抱月との恋愛は文芸協会を追われる原因となりますが、同時に芸術座での活躍は、須磨子を人気女優へと押し上げます。特にトルストイ原作の『復活』で演じたカチューシャ役は、大成功を収めました。須磨子が歌った主題歌「カチューシャの唄」はレコードとして大ヒットし、彼女は日本初の「歌う女優」として名を馳せます。

その後も、「ゴンドラの唄」、「さすらいの唄」など、多くのヒット曲を世に送り出しました。しかし、「今度生まれたら」というレコードは、歌詞の一部が猥褻と判断され、発禁処分となります。皮肉にも、この発禁処分は、かえってレコードの売上に貢献しました。

死とその後

1918年、スペイン風邪により島村抱月が亡くなると、須磨子は2ヶ月後に自殺します。遺書には抱月と同じ墓に埋葬されることを望む言葉が残されていましたが、抱月の妻に拒否されたため、生家の墓所に埋葬されました。

須磨子の短い生涯は、多くの芸術作品にインスピレーションを与えました。彼女の波乱の人生は、現代においても、時代の変化や女性の生き方について考えさせる、大きな題材となっています。彼女の作品、そして彼女自身の生き様は、これからも語り継がれていくことでしょう。

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