松島タワー

かつて宮城県宮城郡松島町に存在した展望塔、それが松島タワーです。風光明媚な日本三景の一つである松島の素晴らしい景観を一望することを目的に建設されました。このタワーは、隣接して開業した「松島温泉ヘルスセンター」（後のホテル壮観）の付随施設として計画され、1964年（昭和39年）に完成しました。しかし、その建設を巡っては、国の特別名勝に指定されている松島の景観に与える影響が懸念され、行政機関や国会をも巻き込むほどの大きな問題に発展しました。

建設を巡る騒動

松島タワーの建設予定地は、松島観光開発株式会社が塩田跡を埋め立てて造成した土地でした。同社は1959年（昭和34年）にこの地に大衆浴場と娯楽施設を兼ね備えた松島温泉ヘルスセンターを開業させており、タワーはその第2期開発として構想されました。当時の松島は、同年開催の東京オリンピックを控え、観光地としての整備が積極的に進められていた時代でした。しかし、特別名勝松島の景観保護という観点から、タワー建設には当初から困難が予想されました。

松島観光開発は、タワー建設のために特別名勝の現状変更申請を宮城県に提出しました。1959年6月27日、宮城県の文化財専門委員会は、タワーが松島の景観を損なうことはないとの見解を示しました。この県委員会の答申を得て、松島観光開発は国からの正式な許可が下りると判断し、国の文化財保護委員会への申請手続きが進行中にもかかわらず、9月10日にタワーの起工式を強行し、建設を開始しました。

ところが、10月になって事態は暗転します。国の文化財保護委員会は、松島タワーを含む松島の現状変更申請に対し、計画性や総合性が不足しているとしてこれを保留としました。さらに、宮城県が改めて国に申請を行った後も、国の文化財保護委員会は一部の軽微な変更や埋め立てを認める一方で、松島タワーの建設に関しては許可を与えませんでした。この結果、松島タワーの建設は許可がないまま進められることになったのです。

国会での追及と行政処分

無許可でのタワー建設は、やがて国会の場で取り上げられる事態となりました。1960年（昭和35年）2月26日には衆議院文教委員会でこの問題が議論され、委員会の事務局長から一連の経緯の説明がなされました。事務局長は、建設がこのまま進むようであれば、原状回復命令を発する可能性を示唆しました。これを受け、文化財保護委員会は3月2日、松島観光開発に対しタワー建設の中止と現状復旧を求める通告を行い、4日にも改めて通知しました。3月12日には参議院予算委員会でも関連する質疑が行われるなど、松島タワー問題は政治の舞台でも注目を集めました。並行して、宮城県も建築基準法に基づき、松島タワーに対して工事停止命令を出しました。

松島観光開発の抵抗

このような行政の対応に対し、松島観光開発側も強く反発しました。同社は、特別名勝の指定手続きに瑕疵があり、国による建設不許可は無効であると主張しました。タワー建設の続行を宣言し、不当な圧力に対して損害賠償を請求する姿勢を見せました。不許可指令書などの公文書を国へ返送したり、宮城県の工事停止命令にも異議を申し立てたりするなど、強硬な態度をとりました。その一方で、宮城県知事による国との仲介を期待し、工事の一時中止や計画変更の用意があることを示唆するなど、柔軟な姿勢も見せました。

3月14日に行われた宮城県建築審査会での話し合いは平行線に終わり、同日の松島観光開発の重役会ではタワー建設推進が改めて決定されました。同社は不許可に対する異議申立ての中で、以下のような理由を挙げました。

当初、宮城県がタワー建設を軽微な現状変更としたため、申請を取り下げた。したがって国の不許可は無効である。
松島が特別名勝に指定された際、土地の専用者や所有者への正式な通知がなされていない。建設地に名勝としての制限を設けるのは違法である。
* 松島湾には仙台火力発電所の高さ90メートルにも及ぶ煙突が2本存在しており、これに類似するタワーが不許可とされるのは不公平である。

松島観光開発はこれらの主張を盛り込んだ異議申立書を国へ送付し、宮城県の工事停止命令に対しては損害賠償を求める裁判を起こす構えを見せました。宮城県も建築基準法違反での告発を検討するなど、両者の対立は深まる一方でした。

異例の聴聞会と視察

事態打開のため、文化財保護委員会は異例の措置として聴聞会を開催することを決定しました。これに先立つ3月21日、同委員会の名勝部会はタワー建設の取り止めと原状回復命令を出すことを決定していましたが、松島観光開発側からの異議申立てを受け、改めて議論の場を設けたものです。

4月14日に東京で開かれた聴聞会には、松島観光開発社長をはじめ、松島町長、仙台商工会議所会頭らが出席し、それぞれの立場から意見を述べました。松島観光開発社長は、前述の主張に加え、文化財保護法においても関係者の所有権や財産権を尊重すべきであること、広大な名勝指定地の中で名勝としての価値が低い部分を除外すべきであることなどを訴えました。松島町長は、委員会の決定が町の発展を妨げるものであり、適切な指導によるタワー建設を求めたほか、仙台商工会議所会頭は文化財保護委員会の意識の遅れを指摘し、現地調査を踏まえた再検討を要望しました。これに対し、文化財保護委員会側は、申請の要不要の判断は委員会にあること、名勝指定の際の周知は行っていること、火力発電所の煙突は公益性から認められたことなどを反論しました。委員からは、松島の美観は水平的で繊細な調和にあるため、中心部に近いタワーは景観への影響が大きいとの見解や、展望はタワー以外（水上機やヘリコプターなど）でも可能ではないかとの意見が出されました。

文化財保護委員会は5月10日、実際に松島を訪れて現地を視察しました。その報告書は5月13日に提出され、松島タワーが松島の中心に位置し、海上から見た場合に周囲の丘陵よりも著しく高く見え、景観を損なっていると結論付けました。これらの経緯を経て、文化財保護委員会は6月10日付で、3月2日付の建設不許可の決定自体は取り消しましたが、タワーは無許可で建設された違法建築物であるとして、松島観光開発の異議申立てを却下しました。同時に、現状復旧を求める通告も改めて行われました。

事態の打開と再建へ

文化財保護委員会の不許可取消しにより、松島観光開発は文化財保護法上の問題は解決したと解釈し、宮城県からの建築許可が下りれば工事を再開する方針でした。しかし、宮城県は違法に着工された経緯を問題視し、松島観光開発に計画の見直しを強く求めました。県の強い姿勢を受け、松島観光開発は6月22日に宮城県を通じて文化財保護委員会に始末書と要望書を提出し、無許可着工は意図するところではないと釈明するなど、円満な解決を目指す姿勢に転じました。タワーの計画自体は、位置や規模を大きく変えず、採算性を確保できる形を維持したい意向を示しつつ、それ以外の点では譲歩の用意があることを伝えました。

様々な関係者の仲介もあり、松島観光開発は宮城県知事や県文化財専門委員会の意向を踏まえ、建設中だったタワーを取り壊すことを決断しました。これは、既存の違法建築物を解体することで、改めて適法な手続きを経てタワーを建設し直す道が開けると見込まれたためです。9月5日にはタワー取り壊しの決定が宮城県を通じて国に通知され、同時に宮城県知事がタワー建設に向けた斡旋を行う意向を表明しました。9月19日、松島観光開発は新たなタワー計画案を宮城県教育委員会に提出しました。旧計画の高さ90メートル、展望台80メートル、白色塗装に対し、新案は高さ64メートル、展望台59メートル、緑色塗装という内容に修正されていました。この計画変更は、知事の斡旋を前提とした、文化財保護委員会と宮城県教育委員会の内部交渉の結果として実現したものです。

その後、宮城県教育委員会教育長が文部省との交渉を進め、12月26日には国から松島タワーの新計画に対して建設許可が下りました。この許可には、タワーの外装を松島の景観に調和させること、広告物を設置しないこと、周辺に植栽を行うなど美観に配慮すること、宮城県教育委員会の指示に従って施工を行うことなど、様々な条件が付されました。同時に、宮城県に対しても、松島全体の景観について総合的な計画を策定するよう通知が出されました。こうして、宮城県が建築基準法に基づく許可を出したことで、長きにわたる松島タワー建設を巡る問題は一応の解決を見ました。

開業、そして閉鎖へ

様々な困難を乗り越え、松島タワーは1964年（昭和39年）8月5日に無事開業しました。開業前年の1963年（昭和38年）には、東武鉄道が松島観光開発の株式を取得し、同社は東武グループの一員となっていました。タワー開業後、東武鉄道も出資する東北急行バスは、東京から松島ヘルスセンターへの直通バス路線を運行するなど、集客に向けた取り組みが行われました。

開業当初は賑わいを見せた松島タワーでしたが、時代の流れとともに観光資源としての展望塔の地位が相対的に低下し、施設の老朽化も進みました。これらの要因により、松島タワーは2002年（平成14年）3月に営業を終了し、同年7月から解体工事が開始されました。閉鎖時の入場料は大人400円でした。なお、松島タワーの建設・運営主体であった松島観光開発株式会社は、タワー解体に先立つ2001年（平成13年）に解散しています。隣接する松島ヘルスセンターは、1983年（昭和58年）に宿泊施設を備えた「ホテル壮観」としてリニューアルされ、2010年（平成22年）に大江戸温泉物語グループに譲渡され、現在は「大江戸温泉物語Premium ホテル壮観」として営業を続けています。

構造と逸話

建設当時の松島タワーの高さは64メートルでした。後には携帯電話のアンテナが設置され、最高部の高さは67.3メートルになったとも言われています。塔の構造は、白色の円柱状の本体の上に、赤く塗装された展望台が載せられ、北側に2本の補助支柱が設置されているという特徴的な外観でした。地上と2層に分かれた展望フロアはエレベーターで結ばれていましたが、晩年は下層の展望フロアは閉鎖されていたようです。周囲に高層建築物がほとんどなかったため、展望台からの眺望は非常に良好でした。

その高さと目立つ姿から、松島タワーは航空自衛隊・松島基地に帰投する自衛隊機にとって、日本海側からの航路目標物としても利用されていたという逸話があります。しかし、1971年（昭和46年）に発生した全日空機雫石衝突事故を機に、このような使用は取りやめになったとされています。

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