松平康隆

松平康隆（まつだいら やすたか、1930-2011）は、日本のバレーボール界における伝説的な指導者であり、選手、そして要職を歴任した功労者です。

旧加賀藩家老職の家系に生まれ、東京で育ちました。旧制中学を経て東京都立城南高等学校の一期生となり、後に声優として知られる大平透とはこの頃からの親友でした。慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、在学中はバレーボール部主将として活躍。1951年には全日本9人制選手権大会で優勝し、学生チームとして戦後初めて天皇杯を獲得するという快挙を成し遂げました。卒業後、日本鋼管（現在のJFEホールディングス）に入社。ここでもバレーボール部で選手兼監督兼主将としてチームを牽引し、9人制の日本代表にも選ばれました。

1961年、現役を引退すると、当時の主流となりつつあった6人制バレーボールの習得を目指し、日ソスポーツ交流協定の第一号派遣団員としてソビエト連邦へ留学。帰国後、全日本男子チームのコーチを経て、1965年に同監督に就任しました。

監督としての最大の功績は、全日本男子チームをオリンピックのメダル獲得に導いたことです。1968年のメキシコシティ五輪では銀メダル、そして1972年のミュンヘン五輪では、準決勝での劇的な逆転勝利を経て、ついに金メダルを獲得しました。この快挙の裏には、松平氏が編み出した「松平サーカス」と呼ばれるユニークで厳しい練習法がありました。倒立で9メートル歩くことを課すなど、常識にとらわれない練習は注目を集めましたが、それらはすべて選手たちの潜在能力を引き出すためのものでした。また、現在のバレーボールの攻撃システムとして世界中で採用されている速攻、移動、時間差といった戦術の基礎を築き上げるなど、競技の近代化にも大きく貢献しました。

私生活では、1966年に一人息子を不慮の事故で亡くすという悲劇を経験しました。36歳、働き盛りであり、仕事とバレーボールを両立させていた松平氏は、この出来事を機に「自分の人生が満足だったと思えるものにしたい」と強く決意し、バレーボールに全てを捧げる覚悟を固めます。ミュンヘン五輪で金メダルを獲得した際、選手から息子のことに触れられると、それまで感情を表に出さなかった松平氏は号泣したといいます。

監督退任後も、松平氏は日本バレーボール界の中心人物として活躍しました。日本バレーボール協会専務理事、会長を歴任し、アジアバレーボール連盟会長、国際バレーボール連盟名誉副会長、日本オリンピック委員会（JOC）名誉委員など、国内外の要職を数多く務めました。特に協会会長時代には、将来的なプロ化を見据えたVリーグの発足構想、国際大会の日本での固定開催の実現、アイドルを起用した広報活動など、若者層への普及に注力しました。これらの活動から「スポーツ界のアイディアマン」とも呼ばれました。

普及活動の一環として、ミュンヘン五輪に向けたアニメドキュメント番組「ミュンヘンへの道」の企画・監修を手がけたり、女性層に関心を持ってもらうため、少女雑誌に選手を紹介したり、練習を積極的に公開したりしました。また、中村祐造の「ガッツ祐造」、猫田勝敏の「世界一のセッター」、大古誠司の「世界の大砲」など、選手の個性を捉えたユニークなキャッチフレーズを考案し、人気向上に繋げました。

国際舞台でも精力的に活動し、特に南米諸国へのバレーボール指導を行いました。しかし、皮肉なことに、体格や瞬発力で勝る南米諸国が技術を吸収し台頭してきたことで、後に日本チームが国際大会で苦戦を強いられる一因ともなりました。

また、ソフトバレーボールの小学校教材化や、小学生バレーボールにおけるフリーポジション制の導入を推進。リベロ制度も国際バレーボール連盟会長だったルーベン・アコスタと共に考案した制度の一つとされています。現在もその名を冠した「松平CUP中学選抜バレーボール大会」が開催され、若手育成に貢献しています。

その功績は国内外で高く評価され、1998年には日本人として初めてバレーボール殿堂入りを果たしました。他にも藍綬褒章、旭日中綬章、IOCオリンピックオーダー銀賞など、数多くの栄典や賞を受賞しました。

晩年は慢性閉塞性肺疾患を患いながらも、病と闘い、酸素吸入器を使用しながらも全日本の試合会場に足を運ぶなど、最後までバレーボールへの情熱を失いませんでした。2011年12月31日、肺気腫のため81歳で死去。正月の忙しい時期に周囲に迷惑をかけたくないという本人の遺志により、密葬で送られました。

松平康隆氏は、革新的な指導法と戦術、普及活動における斬新なアイデアによって、日本バレーボール界の黄金期を築き、その後の発展に計り知れない影響を与えた偉大な人物として、今なおその功績が語り継がれています。

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