松文館裁判

松文館裁判とは

松文館裁判は、2002年に松文館から発行された成人向け漫画のわいせつ性をめぐり、同社の社長、編集局長、そして漫画家が逮捕された事件です。この裁判は、その後の成人向け漫画の表現規制に大きな影響を与えました。

事件の発端

事件の発端は、衆議院議員平沢勝栄氏のもとに届いた一通の投書でした。支援者の男性から「高校生の息子が成人向け漫画を読んでいる」という内容の投書を受け、平沢氏は警察庁にこの件を転送。これを受けて警察が捜査を開始し、松文館から発行されていた成人向け漫画「蜜室」が刑法第175条のわいせつ物頒布等に該当するとして、関係者が逮捕されました。

逮捕されたのは、漫画家のビューティ・ヘア氏、松文館の貴志元則社長、そして編集局長です。漫画家と編集局長は逮捕後、略式裁判でそれぞれ罰金50万円が確定しました。

裁判の経緯

一審判決

2004年、東京地方裁判所の中谷雄二郎裁判長は、被告人がわいせつ性を争い、反省が見られないとして、わいせつ図画頒布の初犯としては異例の懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。裁判中には、傍聴人から不当判決だと叫ぶ声も上がりました。

控訴審判決

しかし、2005年の東京高等裁判所での控訴審では、一転して一審判決が破棄されました。裁判長の田尾健二郎氏は、検察の取り調べで被告人がわいせつ性を認め謝罪していたこと、漫画のわいせつ性は実写に比べて開きがあることなどを理由に、懲役刑は重すぎると判断。罰金150万円の判決を言い渡しました。

最高裁判決

被告人側は無罪を主張して上告しましたが、2007年、最高裁判所は二審判決を支持し、上告を棄却。これにより、二審判決が確定しました。最高裁は、漫画もわいせつ物にあたると判断し、表現の自由の侵害には当たらないとしました。

裁判の争点

この裁判では、以下の点が争点となりました。

漫画のわいせつ性: 問題となった漫画「蜜室」は、生殖器を黒く塗りつぶす「網掛け」による自主規制がなされていましたが、検察側は「絵が上手すぎる」ことを理由に起訴。一審では、この網掛けが不十分と判断されました。
捜査の違法性: 取調べの際に、検察官が「争うなら社員を全員逮捕するぞ」「文句を言うなら釈放を取り消すぞ」と脅したり、警察が「認めなければ社員や家族を全員逮捕して、マークして何度でも逮捕してやるぞ」と脅すなど、人権を無視した違法な捜査が行われていたとの証言があります。
表現の自由: 最高裁では、漫画もわいせつ物に該当すると判断されたため、憲法における表現の自由との兼ね合いが議論されました。

裁判の影響

この裁判は、成人向け漫画の表現に大きな影響を与えました。裁判後、各社は局部の修正を強化し、モザイク修正、黒ベタ修正、ホワイト修正などが一般化しました。

裁判に対する論評

評論家の呉智英氏は、この事件が他の性表現のある作品を差し置いて摘発されたことに「不公平感」があると述べ、見せしめではないかとの見解を示しました。また、ばるぼら氏は、問題となった作品は一般の成年コミックと比べて特段過激な性描写があるわけではなかったと述べています。

まとめ

松文館裁判は、成人向け漫画のわいせつ性をめぐる裁判として、その後の表現規制に大きな影響を与えました。この裁判を通して、表現の自由と社会規範のバランスについて、改めて考えさせられる事件となりました。


関連情報
チャタレー事件
四畳半襖の下張事件
悪徳の栄え事件
萎縮効果

外部リンク
松文館裁判 - ウェイバックマシン (東京地裁判決全文と東京高裁判決全文、基礎知識FAQなどへのリンク)
医学新聞『メディカルトリビューン』: 座談会・初の「わいせつ」コミック裁判：上 (2004年6月号)
医学新聞『メディカルトリビューン』: 座談会・初の「わいせつ」コミック裁判：下(2004年7月号)

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