松根油

松根油（しょうこんゆ）とは、マツの切り株、特に伐採されてから年数を経て樹脂分を多く蓄えた古い伐根を乾溜（かんりゅう）という手法で抽出して得られる、油状の液体です。広義にはテレビン油の一種ですが、一般的にマツの樹脂から水蒸気蒸留で得るテレビン油とは、原料と製法が異なります。松根油は樹脂を経由せず、伐根そのものを高温で蒸し焼きにして生成されます。戦時下では、松根油と並行して松ヤニからの燃料化も計画されたため、両者が混同されることもありました。

戦前、松根油は塗料原料や選鉱剤として利用され、昭和10年頃には年間6,000キロリットル規模で生産されていました。

この松根油が、第二次世界大戦末期の日本で航空燃料の代替として注目されます。1944年（昭和19年）夏、ドイツがマツ由来の油を燃料に混ぜているとの情報が伝わり、国内の燃料不足が深刻化していた日本海軍は、林業試験場の助言を得て松根油を航空揮発油の原料とする計画を立てました。

国策として増産が推進され、1944年末から1945年にかけて閣議決定がなされました。原料の伐根を掘り起こす作業は多大な労力を要し、高齢者、女性、子供、学徒、軍人など多くの国民が動員されました。「200本の松で航空機が1時間飛べる」という宣伝とは裏腹に、その効率は極めて低く、持続可能な資源ではなかったことが後に明らかになります。伐根を処理するための乾溜装置も全国で急造され、半年間で約47,000個に増加。原料産地の農山村に設置され、大量の松根粗油が生産された記録があります。仙台市の歴史ある松並木が伐採された一方、高知県の入野松原のように守られた場所もありました。

松根油は、伐根を小さく割り、乾溜缶で300度程度に加熱して得られる揮発成分を冷却・液化して作られる松根粗油を蒸留精製して得られます。主成分はテルペノイド（α-ピネン、β-ピネンなど）で、当時の再現実験ではモノテルペンとジテルペンを多く含む混合物でした。収率を上げるには、伐採後10年ほど経ち樹脂を多く含む古い伐根が適していました。

生産された松根粗油は各地の精製工場へ運ばれました。計画では、第一次精製で軽質油を分離し、第二次精製工場（四日市、徳山の海軍燃料廠など）で高度な処理を施し、航空揮発油を製造する予定でした。しかし、四日市は空襲で、徳山も生産開始後に終戦を迎え、完成品は徳山で製造されたわずか500キロリットルにとどまりました。

航空燃料としての実用化は困難を極めました。レシプロ機での公式な使用記録はありませんが、代用ガソリンとして他の燃料と混合された推測があります。特に、燃料不足に悩んだ部隊での試験では、松根油混合燃料がエンジントラブルを引き起こし、「急旋回禁止」という異例の命令が出される事態となりました。一方、ジェット燃料としては試作ジェット機「橘花」のテスト飛行で、松根油を含む低質油での飛行に成功。終戦直前に確保された量は横浜大空襲で焼失したと伝えられています。

終戦後、残された未精製の松根油は、漁船の燃料や農薬DDTの溶媒として活用されました。一部地域では1946年まで乾溜が続けられ、民間に放出されたものが代用ガソリンとして使われた例もありますが、品質は不安定でした。また、松根油製造のための大規模な伐採が、戦後の土砂災害の一因になったという指摘もあります。

松根油は、戦時下の資源不足を補うべく国を挙げて取り組まれた代替燃料開発の試みでした。膨大な労力と期待が注がれましたが、技術的課題や品質の限界から、戦局を変えるほどの成果を上げるには至りませんでした。この歴史は、困難な状況下での資源確保の重要性とともに、その実現には多大な犠牲と制約が伴うことを物語っています。

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