松浦の太鼓

歌舞伎演目『松浦の太鼓』詳解

『松浦の太鼓』は、明治時代に生まれた歌舞伎演目です。元々は安政3年（1856年）に初演された『新臺いろは書初』の十一段目として上演され、その後、明治15年（1882年）、三代目勝諺蔵によって改作、三代目中村歌六のために書き下ろされました。全一幕三場からなる本作は、幕府の制約を受けずに実在の人物や事件を題材に創作された、いわゆる「活歴もの」に分類されます。

物語のあらすじ

物語は、雪の降る師走の江戸・両国橋から始まります。俳諧師の宝井其角は、かつての門人で赤穂浪士の大高源吾（『仮名手本忠臣蔵』の大鷹文吾に相当）と偶然出会います。武士の道を捨て、笹売りとして暮らす源吾の境遇を気の毒に思った其角は、松浦侯から拝領した羽織を譲り、支えを約束します。別れ際に源吾が詠んだ句「明日待たるゝ その宝船」の意味を巡り、物語は展開していきます。

次の場面は松浦侯の邸宅です。風流を愛する松浦侯もまた其角の門人で、邸では句会が開かれていました。そこに源吾の妹・お縫が仕えており、松浦侯は彼女に何やら不機嫌な態度を取ります。其角から源吾が笹売りをしていると聞いた松浦侯は、大石内蔵助の討ち入りが遅れていることへの苛立ちと、お縫への個人的な感情が入り混じり、ますます怒りを増していきます。

しかし、其角が源吾の句の意味を解き明かすと、松浦侯の怒りは消え去り、代わりに喜びがこみ上げてきます。「宝船」とは吉良邸への討ち入りを意味していたのです。そして、山鹿流の陣太鼓の音を聞き分け、討ち入りの開始を確信します。

最後の場面では、討ち入りへと向かう松浦侯と、その行列に加わる源吾の姿が描かれています。源吾は討ち入りを成功させ、その報告を松浦侯に伝えます。松浦侯は感涙し、源吾の辞世の句「山を抜く 力も折れて 松の雪」に深い感銘を受けます。

登場人物と配役

松浦侯: 初演は三代目中村歌六。その後、初代中村吉右衛門、十七代目中村勘三郎、二代目中村吉右衛門、十五代目片岡仁左衛門らが当たり役として演じた。
大高源吾: 八代目松本幸四郎、四代目中村梅玉らが当たり役として演じた。
* 宝井其角: 八代目市川團蔵、十三代目片岡仁左衛門、二代目中村又五郎、五代目片岡我當、五代目中村歌六らが当たり役として演じた。

史実との差異

本作の松浦侯は、肥前平戸藩主の松浦鎮信をモデルとしていますが、劇中の人物像は史実とは大きく異なります。劇中では短気な人物として描かれていますが、史実では教養のある人物であったとされています。また、松浦家は実際は吉良氏を支持する立場にあったとされており、本作の創作における脚色が見られます。

演出と人気

『松浦の太鼓』は、『仮名手本忠臣蔵』などの「忠臣蔵外伝」の中でも特に人気が高く、上演回数も多い演目のひとつです。初代中村吉右衛門は俳人でもあったため、俳諧を題材とした本作を特に気に入っていたと言われています。初演時には、松浦侯の場と討ち入りの場を廻り舞台を使って交互に見せる演出が用いられました。

まとめ

『松浦の太鼓』は、史実に基づきながらも大胆な脚色によって創作された、魅力的な歌舞伎演目です。登場人物の個性、緊迫感あふれる展開、そして俳諧を巧みに取り入れた演出は、多くの観客を魅了し続けています。 時代を超えて愛されるこの作品は、歌舞伎の歴史において重要な位置を占める作品と言えるでしょう。

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