林隆夫

林 隆夫

1949年、新潟県で生を受けた林隆夫氏は、数学史、科学史、そして特にインド学、中でもインド数学史を専門とする日本の数学者です。

経歴

東北大学で数学を学び、同大学院で修士号を取得した後、1977年からは京都大学大学院文学研究科に在籍し、インド数学史の研究を本格的に開始しました。研究を深めるため、1979年には日本学術振興会の奨学制度を利用して、アメリカ合衆国のブラウン大学大学院数学史科へ留学。1979年から1981年までの約三年間にわたり、当時同科で活躍していたオットー・ノイゲバウアーをはじめとする錚々たる研究者たちの指導を受け、文献学的手法に基づく数学史研究の訓練を積みました。林氏は、この期間に受けた指導が自身の研究の基盤を築く上で極めて幸運であったと後に述懐しています。ブラウン大学での研鑽の後、アメリカ・インド学研究所の奨学金を得てインドへ渡り、アラーハーバード大学メータ数理物理学研究所に研修員として滞在しました。1982年から1983年にかけての一年間、現地の数学に関するサンスクリット語写本の調査に没頭しました。これらの国内外での経験が、その後の独自の研究スタイルを確立する上で重要な礎となりました。1985年には、ブラウン大学大学院数学史科より博士号（Ph.D.）を取得。翌1986年には同志社大学工学部の講師に就任しました。

研究活動と主な業績

同志社大学着任後まもなく、林氏は長年にわたり共同研究者となる楠葉隆徳氏、矢野道雄氏と共に、南アジアの数学史に関する共同研究を開始しました。この研究は、サンスクリット語で記述された数学書や天文学書を緻密に読み解くという、地道ながらも極めて重要な原典講読の形式で進められました。十数年の歳月をかけたこの共同研究は、その画期的な成果として『インド数学研究』（恒星社厚生閣）の出版に結実しました。同書は、インド数学史研究の新たな金字塔として高く評価され、2005年には日本数学会第1回出版賞を受賞しています。

同志社大学においては、講師、助教授（1989年）を経て、工学部が理工学部に統合された1993年には理工学部に移籍し、1995年には教授に昇任しました。2015年に大学を退職し、名誉教授の称号を得ています。退職前まで在籍していた同志社大学理工学部ハリス理化学研究所内の科学史研究室では、「インド数学の歴史をサンスクリットやプラークリットなどの原典資料に基づいて総体的に明らかにすること」「インド数学の歴史をインド文化史の中に正しく位置づけること」「インド数学の歴史を世界の数学史の中に正しく位置づけること」という三つの柱を研究テーマとして掲げ、後進の指導と自身の研究に邁進しました。これらの研究テーマに基づき、一般読者向けに『インドの数学　ゼロの発明』（中公新書、後にちくま学芸文庫）を著し、インド数学の魅力を広く紹介しました。

2016年10月には、インド中世の偉大な数学者バースカラIIの代数学書『ビージャガニタ』とその注釈書を克明に翻訳・研究した大著『インド代数学研究』（恒星社厚生閣）を刊行しました。この著作は、その学術的な価値が極めて高いと評価され、科学史学者の佐々木力氏は書評の中で「学問的重要さは比類のないもの」「第一級の学問的仕事の成果がここにある」と絶賛しています。その他にも、インド算術に関する詳細な研究書など、多数の重要な著作を発表し、この分野における日本の研究水準を大きく引き上げてきました。

主な著書

『インドの数学　ゼロの発明』 中公新書、1993年（ちくま学芸文庫、2020年）
楠葉隆徳・矢野道雄 共著『インド数学研究』 恒星社厚生閣、1997年（オンデマンド版2016年）
『インド代数学研究』 恒星社厚生閣、2016年
『インド算術研究　『ガニタティラカ』＋シンハティラカ注全訳と注』 恒星社厚生閣、2019年

林隆夫氏は、インド数学史における原典研究の重要性を実証し、その成果を国内外に広く知らしめた、この分野における日本の第一人者といえるでしょう。

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