柏木義円

柏木 義円：揺るぎない信仰と社会正義を追求した生涯

日本の牧師、そしてキリスト教思想家として知られる柏木義円（1860-1938）は、真宗寺院の家に生まれながらキリスト教の道を選び、激動の時代に社会や国家の不正に対して果敢に異議を唱え続けた人物です。彼の思想と行動は、山室軍平や山川均といった後世の識者にも大きな影響を与えました。

生い立ちと信仰への道のり

義円は万延元年（1860年）、越後国与板藩（現在の新潟県）において、真宗大谷派の西光寺住職の子として生を受けました。幼い頃から仏教に親しみましたが、後に全く異なる信仰へと導かれます。明治11年（1878年）に東京師範学校（現在の筑波大学の前身）を卒業後、群馬県で小学校教員として赴任。この地で新島襄による安中での伝道に触れ、キリスト教に関心を抱きます。同志社英学校に入学したものの、経済的な理由から一年で中退せざるを得ませんでした。

一度は小学校教員に戻りますが、安中教会で海老名弾正との出会いが決定的な転機となります。海老名の影響を受けてキリスト教に入信し、彼から洗礼を受けました。

同志社での学びと教育者として

明治17年（1884年）、義円は再び同志社普通学校に入学します。この時期、彼は浮田和民と共に『同志社文学雑誌』の編集に携わり、哲学者の井上円了が著した『仏教新論』に対して批判的な論陣を張るなど、その知的活動は活発でした。明治22年（1889年）に同志社を卒業後、同志社予備校、熊本英学校、熊本英語女学校などで教鞭をとります。

明治25年（1892年）に発生した熊本英学校事件では、学校側の不当な方針に反対し、他の10名の教師と共に学校を辞職。再び同志社予備校へと戻りました。また、帝大教授の井上哲次郎が雑誌上でキリスト教を批判した際には、『同志社文学』に「勅語と基督教」を発表して反論するなど、教育や思想の分野でも自らの信念を表明し続けました。

安中での牧師活動と社会・政治批判

明治30年（1897年）、義円は日本組合基督教会安中教会の牧師に就任します。以後、この地を拠点として地域伝道に力を注ぐと共に、社会や政治に対する批判活動を展開します。明治31年（1898年）11月には、大久保貞次郎と共に『上毛教界月報』を創刊。この月報は昭和11年（1936年）まで約40年間にわたり発行され、彼の思想を伝える重要な媒体となりました。

義円の批判の対象は多岐にわたりました。足尾鉱毒事件のような公害問題、廃娼運動、未解放部落問題、さらには関東大震災後の朝鮮人虐殺問題など、当時の社会が抱える不正や差別に対して鋭く切り込みました。また、国際情勢についても発言し、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変といった戦いや紛争を強く批判。日本の国際連盟脱退にも反対し、「無戦世界の実現」という理想を生涯にわたって訴え続けました。

思想的対立と揺るがぬ信念

義円は、時の政府や主流派の考え方に対しても臆することなく批判を行いました。明治39年（1906年）には『上毛教界月報』に「西園寺侯と教育勅語」を発表し、教育勅語の改正を主張。日韓併合後、組合教会の一部が進めた同化主義的な朝鮮人伝道方針に対しても、そのあり方を問い直しました。大正元年（1912年）の内務省による三教会同（当時の主要なキリスト教団体の代表者を集めた会議）に対しても、内村鑑三らと共に批判的な姿勢を示します。

特に満州事変の際には、軍部を批判したことで月報が発禁処分となるなど、その言論活動は当局からの弾圧を受けることもありました。しかし、彼は信念を曲げることはありませんでした。

晩年

昭和10年（1935年）、義円は安中教会牧師を引退します。晩年は新島襄の伝記執筆に取り組んでいましたが、残念ながら完成させることはできませんでした。昭和13年（1938年）1月8日にその生涯を閉じ、墓所は安中市の西廣寺にあります（安中市指定史跡）。

柏木義円は、単なる牧師としてだけでなく、社会の不正に立ち向かい、平和と正義を訴え続けた思想家として、日本の近代史に確かな足跡を残しています。彼の残した著作や言論は、現代においても多くの示唆を与えています。

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