柳家小さん (3代目)

三代目柳家小さん：明治・昭和の落語界を彩った名優

三代目柳家小さん（1857年9月20日 - 1930年11月29日）は、明治から昭和初期にかけて活躍した、日本を代表する落語家の一人です。本名は豊島銀之助。落語家としての芸歴は長く、その人生は波乱に満ちながらも、常に芸の探求を続け、多くの弟子を育成し、落語界に大きな足跡を残しました。

華麗なる芸の道への軌跡

小さんは、江戸小石川の裕福な家に生まれ、幼少期から林述斎の漢学や洋学校で学問に励みました。しかし、その学問への没頭ぶりは尋常ではなく、心配した母親は、小さんを富本節の道へと導きます。持ち前の美声と粋な語り口は評判となり、唄への興味がますます深まりました。しかし、学問と唄への没頭は、ついには生家からの勘当という結果に繋がります。

その後、本所横網町の袋物屋に預けられるも、近所にあった常磐津の稽古場に通い続け、唄の道を志します。16歳で勘当を許され家督を相続した小さんは、麹町に煙草屋を開業しますが、稽古場通いは止まりません。常磐津の初代常磐津林中に正式に弟子入りし、家寿太夫を名乗り、旅回りで活躍しました。その旅の途中で、初代土橋亭里う馬の門下にも入り、二代目土橋亭志ん馬の代演として高座に上がることになります。

軽い小噺に続き、常磐津を語り、最後は人情噺と、三部構成の高座は評判を呼びました。「いろは日蓮記」や「仮名手本忠臣蔵」といった大ネタも通しで語るなど、その芸の幅は広く、才能に溢れていました。

その後、初代談洲楼燕枝、三代目春風亭柳枝といった名人の門下を経て、落語家としての道を歩み始めます。しかし、師匠や同業者との関係の中で幾度となく困難に直面し、廃業を余儀なくされた時期もありました。それでも、落語への情熱を捨てきれず、四代目都々一坊扇歌一門で噺家に復帰し、その後、禽語楼小さんに師事し、初代柳家小三治を襲名、真打に昇進します。

落語界の重鎮として

柳家小三治としての活躍を経て、師匠の小さんの名前を継ぎ、三代目柳家小さんとして、ますます人気を博します。1905年には「第一次落語研究会」の発起人となるなど、落語界の発展にも貢献しました。1924年から1926年にかけては、東京落語協会（現落語協会）の会長も務め、落語界を牽引する存在となりました。

晩年は、脳軟化症による認知症を発症し、同じ噺を繰り返したり、別の噺が混ざったりするなど、悲しい姿を見せることもありました。1928年には弟子である四代目蝶花楼馬楽に小さんの名を譲り、引退。翌年、引退披露興行を行い、1930年に74歳で生涯を閉じました。

上方落語の影響と独自の芸風

小さんの落語は、上方落語のネタを江戸落語に移植した演目が多く、特に四代目桂文吾から口伝された「らくだ」は有名です。また、「碁泥」「にらみ返し」「天災」など、多くの演目を得意としていました。お酒の入る酔っ払い噺を得意としていた一方、自身は酒を飲めなかったという逸話も残されています。

小さんは、常磐津の経験を生かし、音曲を取り入れた華やかな高座を展開しました。その芸風は、多くの後進の落語家たちに大きな影響を与えました。林家彦六、五代目古今亭今輔、六代目春風亭柳橋、七代目三笑亭可楽らに影響を与えたことは、小さんの芸の深さと影響力の大きさを物語っています。

人格者としての小さん

小さんは、芸だけでなく、その人となりも高く評価されていました。夏目漱石は『三四郎』の中で、小さんと同時代を生きることが幸せだと記しています。六代目三遊亭圓生は、小さんから「噺家は、正しい心を持たなければいけない」と諭されたと自叙伝に記しています。

一方で、粗忽な面もあった小さん。羽織を二重に着て寄席へ出掛けたり、足袋を履いたまま銭湯に入ったりと、ユーモラスなエピソードも数多く残されています。地震が苦手だったという一面も、人間味あふれる人物像を際立たせています。

多くの弟子を育成

小さんは、弟子への面倒見がよく、多くの弟子を育成しました。その中には、後の落語界を担う名優も数多く含まれており、その人望の厚さがうかがえます。

三代目柳家小さんは、その芸、人となり、そして落語界への貢献から、今もなお語り継がれる、偉大な落語家です。彼の残したレガシーは、現代の落語界にも大きな影響を与え続けています。

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