林述斎

林述斎について

林述斎（はやし じゅっさい）は、江戸時代後期の儒学者であり、林家8代当主として林家を中興した人物です。明和5年（1768年）に美濃国岩村藩主・松平乗薀（まつだいら のりしげ）の三男として生まれ、天保12年（1841年）に74歳で没しました。諱は初め乗衡（のりひら）、後に衡（たいら）。字は熊蔵、叔紞、徳詮といい、号は述斎、蕉軒、蕉隠など。晩年には大内記と称しました。

生い立ちと学問

述斎は、兄二人が早世したため、本来ならば家督を継ぐ立場にありましたが、病弱であったため、明和7年（1770年）に福知山藩朽木玄綱の九男が養子として迎えられ、家督を継ぎました。しかし、成長するにつれて身体は丈夫になり、部屋住みの身でありながらも、学問に励みました。少年時代には徂徠学派の大塩鼇渚（おおしお こうしょ）や服部仲山（はっとり ちゅうざん）に儒学を学び、その後、林家の門人であった朱子学者の渋井太室（しぶい たいしつ）に師事しました。さらに折衷学派の儒学者である細井平洲（ほそい へいしゅう）にも学び、幅広い学識を身につけました。

林家継承と幕政への関与

18歳頃には、漢詩の才能が評判となり、大名や幕臣が中心となって結成された風雅の会「風月社」にも参加しました。その評判を聞きつけた松平定信（まつだいら さだのぶ）の推薦により、寛政5年（1793年）に林錦峯（はやし きんぽう）の死去によって途絶えていた林家を継ぎ、大学頭（だいがくのかみ）に就任しました。これにより、幕府の文書行政の中枢として幕政に関与することになります。近世日本文学研究者の揖斐高（いび たかし）は、松平定信が述斎を林家の後継者に選んだ理由について、単に学才だけでなく、寛政の改革における学制改革を担う政治的な手腕を見抜いていたからだと指摘しています。述斎の才能は儒者としてのみならず、多方面で活かされるべきであるという声もあったようです。

学制改革の推進

林家を継いだのとほぼ同時期に、松平定信は老中首座・将軍輔佐を免ぜられますが、定信が主導してきた昌平坂学問所（しょうへいざかがくもんしょ、昌平黌）の改編・整備による学制改革は継続されました。述斎は、定信の後を継いでこの学制改革を主導し、柴野栗山（しばの りつざん）、古賀精里（こが せいり）、尾藤二洲（びとう じしゅう）らと共に、儒学の教学刷新に尽力しました。また、昌平黌の幕府直轄化を推進し、寛政9年（1793年）には、それまで林家の家塾として「官私并行」されていた昌平黌を幕府直轄の昌平坂学問所としました。この際、林大学頭の家禄は3000石に倍増され、座班も奥詰小姓番頭次席に引き上げられました。

その他の活動

文化年間には、朝鮮通信使の応接を対馬国で行う際の聘礼の改革にも関わりました。述斎の学問は、朱子学を基礎としながらも、清朝の考証学にも関心を示し、幕府の編纂事業を主導しました。『寛政重修諸家譜』、『徳川実紀』（成島司直と共同）、『朝野旧聞裒藁（ちょうやきゅうぶんほうこう）』、『新編武蔵風土記稿』などの編纂に携わりましたが、実際の執筆は分担者に任せ、資料の選別や体裁の指導に留まりました。和漢の詩才にも優れ、歌集『家園漫吟』を著しました。また、中国で散逸した漢籍を集めた『佚存叢書』は、中国国内でも高く評価されています。別荘として錫秋園（小石川）と賜春園（谷中）を所有していました。岩村藩時代には「百姓身持之覚書」を発見し、幕府の「慶安御触書」として出版しました。

死後と追贈

大正4年（1915年）、その功績を讃えられ、従四位を追贈されました。著名な門弟には、佐藤一斎（さとう いっさい）や松崎慊堂（まつざき こうどう）がおり、井部香山（いべ こうざん）、葛西因是（かさい いんぜ）、青葉半山（あおば はんざん）なども門人として知られています。嫡男の林檉宇（はやし ちょうう）が林家を継ぎ、三男は鳥居耀蔵（とりい ようぞう）、六男は林復斎（はやし ふくさい）です。娘には設楽貞丈（したら さだたけ）の妻、堀利堅（ほり としかた）の妻がおり、外孫に岩瀬忠震（いわせ ただなり）、堀利煕（ほり としひろ）などがいます。

林述斎は、その学識と政治手腕によって、江戸後期の幕政に大きな影響を与えた人物でした。

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