柳澤桂子

柳澤桂子

日本の生命科学者、サイエンスライター、ジャーナリスト、エッセイスト、歌人。1938年、生物学者である父・小野記彦を父として東京都に生まれる。

お茶の水大学理学部植物学科で学び、在学中に遺伝学研究者の柳澤嘉一郎と婚約。卒業後渡米し、コロンビア大学動物学部大学院に進学、嘉一郎と学生結婚する。大腸菌の研究で博士号を取得し、1963年に帰国。当時、奇しくも同姓同名の中村桂子とともに、将来を嘱望される女性生命科学者として注目された。特に、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによって提唱されたDNAの二重らせん構造については、柳澤と中村によって日本国内にその知見が紹介されたという。

壮絶な闘病と研究活動

帰国後、慶應義塾大学医学部分子生物学教室の助手を務めた後、長男（後に生物学者となる柳澤純）と長女を出産し、育児に専念する。しかし、31歳の頃から、原因不明の発熱、眩暈、嘔吐などの症状に見舞われ、慶應義塾大学病院に入院する。自律神経失調症と診断されるが、治療の効果は見られず、約2週間に及ぶ発病が約1ヶ月ごとに繰り返される難病に苦しむこととなる。柳澤は身体的な苦痛に加え、専門医からも精神的なものとして扱われるという、二重の苦しみを経験した。

1971年には三菱化成生命科学研究所の副主任研究員、1975年には主任研究員に就任し、マウスのT遺伝子座研究など、発生学研究の最前線で国際的に活躍し、顕著な成果を挙げた。しかし、病状は改善せず、ある時研究中に倒れ、婦人科で子宮内膜症と診断され子宮を摘出することになる。しかし、この手術が他の病気を誘発する結果を招き、症状は収まらなかった。慢性膵炎と診断され治療を受けるも回復せず、心気症として扱われ、救急外診時には医師から罵倒されるなど、医療への不信感を募らせた。病状の悪化と周囲の無理解から、柳澤は精神的に追い詰められ、鬱状態に陥り、自死も考えるほどであったという。長期の休職を余儀なくされ、1983年にやむなく研究所を退職した。

作家・歌人としての新たな道

研究所退職後、柳澤は作家、サイエンスライター、歌人として活動の場を移し、自身の闘病経験を踏まえつつ、医療問題や生命科学に関する執筆活動を精力的に行った。病の淵からの深い洞察に根差したその表現は、多くの読者の共感を呼び、2004年に上梓された『生きて死ぬ智慧』（小学館）は80万部を超えるベストセラーとなった。また、短歌を始め、「音」短歌会に入会し、歌人としても活動している。

長年の原因不明の病については、1999年に周期性嘔吐症候群、後に脳脊髄液減少症と診断され、適切な治療により症状が初めて緩和した。自身の経験を通して医療現場の問題点を提起し、多くの人々に共感を呼んだ。

主な受賞歴とメディアでの活動

柳澤の著作は高い評価を受け、1994年に『卵が私になるまで』で講談社出版文化賞科学出版賞、同年『お母さんが話してくれた生命の歴史』で産経児童出版文化賞、1996年に『二重らせんの私』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。また、1999年には日本女性科学者の会功労賞を受賞している。2007年には、玄侑宗久との共著『般若心経 いのちの対話』で文藝春秋読者賞を受賞した。

NHKのドキュメンタリー番組など、様々なメディアにも出演し、自身の闘病経験や生命科学、生と死に関する考えを発信し続けている。2002年にはお茶の水女子大学より名誉博士号が授与された。

科学者としての知見と、自身の経験に裏打ちされた人間的な洞察をもって、生、死、病、医療といった普遍的なテーマを探求し、多くの読者に影響を与えている。

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