栃原念仏道場

栃原念仏道場

富山県南砺市、かつての利賀村に位置していた栃原念仏道場は、真宗大谷派に属する歴史ある寺院（現在は廃寺）でした。利賀村の栃原地区に根差していましたが、集落の全戸移転に伴い、その機能を終えました。しかし、かつての道場跡地は南砺市の史跡として、また、集落移転先の安室地区に移された道場の什器は有形文化財として、それぞれ市指定文化財に指定され、その歴史的な価値が今日に伝えられています。

歴史と沿革

栃原道場は、本願寺第5代である綽如（しゃくにょ）上人が北陸地方で教えを広めた際の旧跡と伝えられており、古くから井波の瑞泉寺と深い関わりを持っていた道場です。瑞泉寺に伝わる記録である『闘諍記（とうじょうき）』には、文明13年（1481年）に発生した一向一揆、特に田屋川原の戦いにおいて、万一の事態に備え瑞泉寺が避難する候補地の一つとして栃原が挙げられていたことが記されています。実際に、天正9年（1581年）に佐々成政による攻撃で瑞泉寺が陥落した際には、第7代顕秀（けんしゅう）らが栃原へと避難したと伝えられています。

その後、本願寺が東西に分かれた際、井波瑞泉寺が東本願寺側についたのに対し、西本願寺側に留まることを選んだ門徒たちは城端（じょうはな）に新たな瑞泉寺を建立しました。寛政年間（1789年-1801年）に実施された「五ケ山之道場しらべ」という調査記録には、「城端瑞泉寺道場　栃原村　次郎右衛門」と記載されており、このことから栃原道場は本願寺の東西分派を機に、井波瑞泉寺の傘下から離れ、西本願寺派である城端瑞泉寺に所属するようになったと考えられています。以後、代々の次郎右衛門家（吉田家）が道場守として、近代までその役割を担いました。

集落の要衝と廃寺

江戸時代において、栃原は五箇山と井波を結ぶ峠越えの重要な交通路に位置しており、近隣の村々と比較しても大きな集落でした。栃原道場は、このような集落や周辺地域の住民たちにとって、精神的な支えとなる心の拠り所として機能していました。

しかし、第二次世界大戦後、栃原集落では過疎化が急速に進みました。その結果、昭和51年（1976年）には集落の全戸が移転し、栃原村は廃村となりました。これに伴い、栃原念仏道場も道場としての役目を終え、廃寺となりました。ただし、栃原から移転した住民の多くは井波町（現南砺市）の安室周辺に集まって移住したため、道場守であった吉田家の移転先家宅内に、かつての道場に代わる「内道場」が再建されました。この内道場には、栃原道場にあった什器類が運び込まれ、現在も大切に安置されています。

文化財としての価値

栃原念仏道場は廃寺となりましたが、その跡地と什器が歴史的な価値を持つものとして、南砺市の文化財に指定されています。道場跡地は「栃原念仏道場跡」として南砺市指定史跡となっています。また、安室地区の内道場に移された什器類は、「栃原念仏道場什物」として南砺市指定有形文化財となっています。これらの什器には、本願寺第5代綽如上人が北陸教化の際に愛用したと伝えられるもの（中啓、念珠、掛軸、仏像など）が含まれており、その歴史的な重要性から、昭和61年（1986年）2月26日に旧井波町によって有形文化財に指定され、現在は南砺市に引き継がれています。

五箇山地域における位置づけ

栃原道場は、当初は井波瑞泉寺を本寺とする道場として始まりましたが、五箇山地域、特に下梨谷（しもなしだに）・小谷（おたん）といった庄川の左岸地区には、瑞泉寺を深く信仰する門徒が集まっていました。本願寺が東西に分裂し、井波瑞泉寺が東本願寺派となった際、西本願寺派に帰依する門徒が城端に新たな瑞泉寺を建立したことで、この地域の門徒衆も井波瑞泉寺派と城端瑞泉寺派の二つに分かれ、現在に至っています。栃原道場は、この五箇山地域における真宗信仰の歴史の一端を示す貴重な存在と言えます。

（参考文献：『利賀村史』各巻、『越中五箇山平村史 上巻』）

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