栗当の不動明王磨崖像

栗当の不動明王磨崖像

富山県南砺市の栗当地区に静かに佇む栗当の不動明王磨崖像は、岩壁に不動明王が刻まれた貴重な磨崖仏です。この磨崖像は、1970年（昭和45年）8月31日に旧利賀村の天然記念物に指定され、その後市町村合併を経て、現在も南砺市の指定文化財として大切に守られています。

この磨崖像が位置する栗当地区は、かつて砺波平野部から山深い利賀谷地域へと人々が往来する上で重要な地点でした。古くは、「藤懸の渡り」と呼ばれる現在の庄川合口ダム付近で庄川の東岸へ渡り、名原、落、湯山といった集落（いずれも旧東山見村域）を経由して、利賀谷の北端にあたる栗当へと至るルートが主として利用されていました。しかし、井波町が商工業の中心として発展を遂げ、井波と五箇山を結ぶ人々の移動が増加するにつれて、新たな主要ルートが開かれました。このルートは、「杉谷峠」を越え、「仙野原大橋」で庄川を渡り、栗当村へと出るものでした。

栗当の不動明王磨崖像は、この井波町と利賀谷を結ぶ新たな主要な道筋沿いの岩壁に刻み込まれています。像が造立された背景には、地域の厳しい自然環境とそれに対する人々の信仰がありました。小牧ダムが建設されるより以前、栗当集落において庄川と利賀川が合流する一帯は、河川が激しく渦を巻く、船での往来が極めて困難な難所として知られていました。地元に伝わる古い話によれば、この渦巻く深い淵には雌雄一対の竜が棲んでおり、隣接する仙納原村はその竜たちの通り道であったと語り継がれています。このような自然の驚異に対する畏敬の念から、地域の人々は利賀川筋を通る往還の安全を守護するため、不動明王の強大な霊力に願いを託して、この磨崖像を刻んだと考えられています。

磨崖像には、「天保十五年甲辰（1844年）四月 越中住人森准作」という造像銘がはっきりと読み取れます。この銘から、像が江戸時代の後期、具体的には天保15年（1844年）に、越中（現在の富山県）に住んでいた森准という人物によって造られたことが分かります。江戸時代後半の作ではありますが、この磨崖像は単なる近世の仏像というだけでなく、栗当という土地が持つ古くからの歴史と、この地域の人々が長年にわたり抱いてきた厚い信仰心を背景に持つものとして、その価値が評価されています。

栗当の不動明王磨崖像は、かつての利賀谷への主要な交通路であった場所に立ち、地域の歴史、厳しい自然環境、そしてそれに対する人々の信仰心が融合した文化財として、今も静かに地域の移り変わりを見守り続けています。

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