根岸由太郎

根岸 由太郎（ねぎし よしたろう）は、明治から昭和にかけて活躍した日本の英文学者、教育者、翻訳家です。1873年2月10日に群馬県で生まれ、赤城山麓の田舎で育ちました。彼は後に立教大学の文学部英文学科および一般教養部で教授を務め、多くの学生に英文学を教えました。1960年3月2日にその生涯を終えています。

上京、そして立教大学との出会い

1880年代後半から90年代初頭にかけて、由太郎は強い憧れを抱いていた東京へ出て、学ぶ場所を探し始めます。当時の東京では、裕福な家庭の子弟は慶應義塾へ、出世を望む者は東京大学へと進み、一方では多くの書生たちが私塾や下宿を転々としながら学ぶ、多様な教育環境がありました。由太郎は「英語を自在に操れるようになりたい」という一心から、外国人居留地であった築地を歩き回り、そこで運命的な出会いを果たしたのが立教大学でした。

故郷の群馬で彼が持っていた英語の知識は、ウィリアム・スウィントンの『万国史』をかろうじて訳せる程度であり、外国人を見たことも、会話をしたこともありませんでした。しかし、当時日本国内では森有礼の教育方針もあり、英語研究への関心が非常に高まっていました。

立教大学への入学

立教大学への入学を決意した由太郎は、手続きのために大学を訪れます。案内されて通された部屋に現れたのは、身長が180cmを超える堂々たる体躯を持つ、紳士的な英国人でした。鼻筋が通り、眼差しは鋭いものの、どこか温厚な雰囲気を持つその人物こそ、立教大学校の初代校長、ジェームズ・ガーディナーでした。ガーディナー校長から「今日はどのようなご用ですか」と問われ、由太郎は流暢な英語で答えようとしましたが、それは叶いませんでした。恐縮しながらも、日本語で入学を希望する旨を伝えました。

入学試験は空欄に適切な英語を書き込む形式でしたが、非常に難易度の高いものでした。空欄の傍にある英語の意味すら最初は理解できませんでしたが、熟考の末に解答を書き込み、見事合格することができました。試験にパスしたその日は、得意げな顔で下宿に戻り、翌日からは晴れて立教大学の学生となりました。田舎の私塾で『文章規範』や『日本外史』を学ぶ傍ら、『リードル』や『パーレー』の『万国史』を読んでいた青年は、東京に出て大学生になれたことを心から喜び、故郷の友人や知人にも顔向けできると感じました。

学生生活と授業

入学した翌朝8時には登校し、すぐにキリスト教の礼拝に遭遇しました。讃美歌も祈祷の方法も知らず、他の学生が起立すれば自分も立ち、跪けば自分も跪き、何とか無事に礼拝を終えて教室へ向かいました。

初日の授業で具体的に何を学んだかは鮮明ではありませんが、貫元介（後の立教大学教授、貫民之助の父）が赤い表紙の『ロングマン』や『リードル第三』を講義したこと、最初の訳読が黙読で行われたことは覚えています。次の時間にはガーディナー校長によるウィリアム・スウィントンの文法書の講義がありました。しかし、彼の英語は耳に触れるだけで意味を理解できず、由太郎は狼狽し、歯がゆい思いをしました。隣の同級生を見ると、皆内容を理解しているように見えたからです。さらに次の授業は、工藤精一（後に札幌農学校教授）による代数の初級でした。教科書はウェントワースの『代数学』でしたが、工藤の洗練された英語に感銘を受けました。

前橋聖マッテア教会での活動

由太郎は、故郷に近い前橋でのキリスト教伝道にも深く関わりました。1889年2月24日、米国聖公会の宣教師H・S・ジェフェリー師が前橋で集会を開始すると、同年10月には日本人伝道師の大生閑太郎が赴任し、由太郎は通訳者として伝道を支援しました。この活動はやがて前橋聖マッテア教会へと発展し、1892年に現在地が取得され、1900年には礼拝堂が聖別・命名されました。教会は第二次世界大戦中の1945年8月5日の空襲で焼失しましたが、戦後アメリカ聖公会の支援を得て「マキム主教記念聖堂」として1951年に再建され、現在に至っています。

立教大学での教育と貢献

母校である立教大学で、由太郎は長年にわたり教鞭を執りました。文学部英文学科および一般教養部で教授として英文学を教え、後進の育成に尽力しました。また、大学の人事課長も務め、大学運営にも携わりました。スポーツ振興にも関心を持ち、1932年に内藤益利らが立ち上げた立教大学軟式テニス部（現ソフトテニス部）では、学友会の部外団体として活動が始まった際に初代部長を務め、1937年までその任にあたりました。1939年には交換教授としてフィリピン大学に赴任するなど、国際的な交流も行いました。

キリスト教関連団体での活動と晩年

由太郎はキリスト教青年運動にも積極的に関わりました。1927年、ポール・ラッシュによって立教大学に米国聖アンデレ同胞会の日本支部が設立された際、彼は初代会長に選出されました。その後、1931年に日本支部が米国から独立して「日本聖徒アンデレ同胞会（BSA）」が発足すると、彼は引き続き初代会長に就任しました。ジョン・マキム監督が名誉会長を務めるなど、多くの要人が名を連ねたこの団体を率いました。

また、彼はキリスト教のメディア伝道にも貢献しました。1951年10月28日、中部日本放送でラジオ番組「ルーテル・アワー」の放送が開始された際、記念すべき第1回目の放送で説教を担当したのは、当時立教大学教授であった根岸由太郎でした。

他にも、1941年からはフィリピン協会の評議員を務めるなど、多方面で活躍しました。著作として『堅実性の日本 : 日英両文』（1928年）、監修に『ティーン・エイジャーの夢』（1954年）、翻訳に『公会問答略解』（1893年）、『出埃及記略解』（共訳、1896年）、『教会史要』（1901年）などがあります。

家族では、五男の根岸捨太が立教大学を卒業後、日本圧電気の常務や三菱銀行に勤務し、その長男である孫の根岸隆は経済学者として東京大学名誉教授となり、東大経済学を代表する巨匠と称されるなど、由太郎の系譜は学術界や経済界にも繋がっています。

根岸由太郎は、英文学、教育、翻訳といった専門分野に加え、キリスト教活動や国際交流にも尽力し、その生涯を通じて多岐にわたる貢献を果たしました。

もう一度検索