桑実胚

桑実胚（そうじつはい）

桑実胚（そうじつはい、英: Morula）とは、卵が受精後に細胞分裂（卵割）を繰り返し、多細胞の塊となったごく初期の胚の段階を指します。動物の発生過程において、「胚」という名称が与えられる最初の形態でもあります。

形態と名称の由来

桑実胚は、その名の通り、クワの実に似た外見をしています。これは、英語名のMorulaもラテン語でクワの実を意味する「morus」に由来することからも分かります。

クワの実が小さな粒（果実）が多数集まってできているように、桑実胚もまた、卵割によって増殖した個々の細胞（割球）が密に集積した形態をとります。この段階では、細胞の数は生物種によって異なりますが、おおむね16個から32個程度の割球によって構成されている状態を指すことが多いです。

次の発生段階

桑実胚の段階を経てさらに細胞分裂が進むと、胚の内部に液体がたまり始め、やがて中心に大きな空洞（卵割腔）が形成されます。この卵割腔ができた胚は、胞胚（ほうはい、Blastula）と呼ばれ、桑実胚の次の発生段階へと移行します。

細胞の分化と運命決定

桑実胚の段階では、個々の細胞はまだ形態的には大きく分化していませんが、将来どの組織や器官になるか、すなわち細胞の「運命」がすでに決定され始めている場合があります。この細胞運命の決定は、その後の発生において各組織・器官が正しく形成されるために非常に重要です。

ただし、桑実胚の細胞はまだ多分化能（さまざまな細胞になる能力）を保持していることが多く、不可逆的な分化（一度決まった運命を覆せない状態）には至っていないこともあります。将来の運命が決まりつつある一方で、まだ柔軟性も持っている、移行期的な段階と言えます。

細胞運命決定の具体例

生物種によって細胞運命決定のメカニズムや時期は異なりますが、桑実胚あるいはその直後の段階で重要な運命決定が見られる例がいくつか知られています。

ウニの例
ウニの初期発生において、16細胞期には胚の植物極側（卵の下側にあたる部分）に「小割球（micromeres）」と呼ばれる特に小さな4個の割球が現れます。この小割球は、後の発生で一次間充織となり、骨片形成などを担いますが、それだけでなく、胚の動物極側（上側にあたる部分）から内胚葉（消化管などの組織になる部分）を誘導する働きがあることが実験によって示されています。
具体的には、ウニの胞胚期の胚から動物極側の半分だけを切り出しても、それ以上の発生はほとんど進みません。また、植物極側の上半分を加えても、幼生に近い形にはなるものの、完全な幼生にはなりません。ところが、動物極側の細胞群にこの小割球由来の細胞群を少量加えると、胚は正常に発生し、完全な幼生が形成されます。この実験結果から、小割球が内胚葉を誘導する性質、すなわち特定の細胞運命を担う能力を獲得していることが明らかになりました。

哺乳類の例
哺乳類の桑実胚では、胚の外側に位置する細胞群と内部に位置する細胞群とで、将来の運命が異なってきます。外側の細胞群は、胚が子宮に着床する際に重要な役割を果たす「栄養芽細胞（trophectoderm）」へと分化します。一方、内部の細胞群は「内部細胞塊（inner cell mass, ICM）」となり、将来の胎児本体や胎盤、卵膜などを形成する様々な細胞に分化していきます。
このような細胞運命の決定は、細胞が置かれている位置によって受け取る周囲からのシグナルが異なることによって引き起こされます。例えば、内部の細胞は、外側の細胞や隣接する細胞からのシグナルを受け取ることで、発現する転写因子（特定の遺伝子の働きを調節するタンパク質）の種類が変化し、栄養芽細胞ではなく内部細胞塊としての性質を獲得すると考えられています。

桑実胚は、単なる細胞の集合ではなく、その後の複雑な発生過程に向けた細胞間の相互作用や運命決定が始まりつつある、発生初期の極めて重要な段階と言えます。

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