桜を放つ女性

作品概要

「桜を放つ女性」（英: Woman Shooting Cherry Blossoms）は、2019年に芸術家インカ・ショニバレによって制作された作品です。福岡市美術館で開催されたショニバレの日本初個展のために委託制作されました。ショニバレはナイジェリア系のイギリス人であり、自身の経験を通じて歴史や社会問題を作品のテーマとしています。この作品は、女性へのエールを込めて制作され、ショニバレが初めて日本を題材とした作品としても知られています。

作者：インカ・ショニバレ

ロンドン出身のショニバレは、3歳から17歳までナイジェリアのラゴスで過ごし、その後ロンドンで美術と哲学を学びました。自身の体験から、植民地主義や社会問題を作品のテーマとし、1997年のセンセーション展で注目を集めました。彼の作品は、文化が混ざり合って生まれる混淆性や両義性を表現し、アフリカが植民地化されていた18世紀から19世紀の西洋絵画や人物を題材にすることがあります。また、一見固有の文化に見えるものが実は不確かなものであるというメッセージも込めており、例えば、作品に使われているアフリカン・プリントと呼ばれる布は、アフリカではなくヨーロッパで製造されたものです。ショニバレは、このような素材を使い、権力や抵抗を多層的に表現しています。

ショニバレは、自身の作品の特徴を「政治的でありながら軽さと遊戯性がある」と語っており、ユーモアあふれる作品も多数発表しています。彼はドクメンタ11やヴェネチア・ビエンナーレなど、世界各地の美術館の展覧会に出品しており、2019年には大英帝国勲章三等勲位（CBE）を授与されました。日本では、2006年の森美術館での「アフリカ・リミックス」展や、2016年の横浜美術館での「BODY / PLAY / POLITICS」展で作品が展示されています。

福岡市美術館とショニバレ

福岡市美術館でショニバレの個展が開催されたきっかけは、同館が所蔵する古美術と近現代美術のコレクションでした。特に、アジアの染織品に関する調査と研究が進められ、その成果として「更紗の時代」（2014年）という企画展が開催されました。この展覧会では、インド更紗やインドネシアのバティックなど、大航海時代以降の更紗の歴史が紹介されました。また、近現代のプリント布も展示され、その中にはショニバレ作品の素材であるアフリカン・プリントも含まれていました。

当時、ショニバレ作品の展示も検討されましたが、実現したのは2019年の個展「インカ・ショニバレCBE: Flower Power」でした。福岡市美術館は、2016年9月から2019年3月までリニューアルのために休館しており、リニューアルオープンと同時に個展が開催されました。

作品の構成と解釈

「桜を放つ女性」は、女性へのエールを込めた作品です。アフリカン・プリントを生地にしたドレスを身につけた女性像が、ライフルを撃つ姿が表現されています。銃口からは桜の枝が飛び出し、桜の花びらは様々な色で彩られています。この作品は、色彩豊かな外観を持ちながら、女性差別への対抗と権利向上への協力を示唆しています。素材には、マネキン、綿布、地球儀、鋼鉄、真鍮、亜鉛合金、木、樹脂、絹が使われており、サイズは193 × 436 × 244cmです。

ドレスの意匠

ドレスのデザインは、19世紀イギリスのエドワード朝様式を基にしています。これは、明治時代の日本が洋服の参考にした様式であり、鹿鳴館における女性の洋装にも同様のデザインが用いられました。この衣服によって、明治時代から西欧化を進めた日本を表現しています。

アフリカン・プリントは、もともとインドネシアのバティックが起源です。オランダがインドネシアを植民地化した際に、手作りだったバティックの製造を機械化し、ヨーロッパで生産した更紗をアフリカに輸出しました。更紗は、生地の軽さや肌触り、豊富な染色、洗濯の容易さからヨーロッパやアフリカで普及しました。このように、更紗の歴史は植民地主義と密接に結びついています。アフリカン・プリントは、当初ヨーロッパ製品でしたが、1960年代にはアフリカ独立の象徴となり、アフリカやアジアでも生産されるようになりました。ショニバレは、こうした歴史を作品に取り入れ、アフリカン・プリントを文化の混淆やアイロニーなど、さまざまな意味で用いています。

桜の表現

ライフルの銃口からは、満開の桜の木が飛び出しています。銃口から現れる桜は創造の力を象徴し、桜の花びらの多様な色は、交配による多様性を表しています。また、福岡市美術館のリニューアルオープンが桜の時期であったことを祝う意味も込められています。

地球儀の頭部

女性像の頭部には地球儀が用いられており、19世紀から21世紀にかけて女性の権利獲得に貢献した92名の著名人の名前が書かれています。ショニバレ自身が抑圧に抵抗してきた経験から、社会の中で不平等と闘ってきた女性たちへの支持を表明しています。

展示と来歴

ショニバレの個展「インカ・ショニバレCBE：Flower Power」は、2019年3月21日から5月26日まで開催され、リニューアルオープン記念の「これがわたしたちのコレクション」と同時開催となりました。個展ではショニバレの代表作が紹介され、この作品は特別展示室で展示されました。個展のキュレーターである正路佐知子は、福岡市美術館にとってショニバレは古美術と現代美術をつなぎ、アジアとヨーロッパとアフリカをつなぐ人物と評しています。会期中には、ショニバレによる講演も行われました。

クレジットにはアーティスト名として「インカ・ショニバレCBE」と表記されています。これは、イギリス人らしくない自分にイギリスの称号がついていることに対する面白さ、そして矛盾を表現したいというショニバレの意図によるものです。

リニューアルオープン1周年を記念して、2020年3月26日から4月19日まで無料公開が企画されました。近現代美術室Aで展示され、写真撮影も可能でしたが、新型コロナウイルスの影響により臨時休館となり、途中終了となりました。無料公開終了後は、近現代美術室C「コレクション・ハイライト」で展示されています。

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