梅原北明

梅原北明（うめはら ほくめい、本名：梅原貞康）は、1901年（明治34年）1月15日に生まれ、1946年（昭和21年）4月5日に45歳でその生涯を閉じた日本の作家、編集者、そして出版人です。彼は特に昭和初期、退廃的かつ猟奇的なテーマが流行した「エログロナンセンス」文化を牽引した人物として歴史に名を刻んでいます。

生い立ちと初期の活動

富山県富山市で士族の家に次男として生まれた北明は、生命保険代理店を営む父のもと、比較的恵まれた環境で育ちました。京都の平安中学を卒業後、早稲田大学予科に進学しますが、在学中に社会主義思想に触れ、大学を中退します。1920年代に入ると関西で部落解放運動に身を投じるなど、社会運動にも関わりました。

文筆・出版活動への傾倒

1924年頃から、新聞社や雑誌社での勤務と並行して小説を書き始めます。梅原北明名義での処女出版は『殺人会社―悪魔主義全盛時代』前編でした。翌1925年には、イタリアの古典文学『デカメロン』を翻訳出版し、その独自性で世間の注目を集めますが、性的な描写が問題視され下巻が発禁処分となります。これに対し、彼は改訂版を出すとともに、後の翻訳書『エプタメロン』に付した文章の中で、発禁理由を「姦通譚をそのまま訳した」ためとし、検閲を回避する苦肉の策として、夫婦関係を「恋人と愛人の間」と表現するなど、その手口を明かしています。

「アングラ」出版の旗手として

1925年11月には、プロレタリア作家を擁しながらも特殊な風俗を扱う雑誌『文藝市場』を創刊（後に上海移転を経て『カーマ・シャストラ』と改題）。これ以降、彼は数々のアングラ雑誌や書籍を精力的に世に送り出していきます。その多くが性のタブーや社会の裏側に切り込む内容であったため、当局から厳しく睨まれ、出版法違反で前科もつくことになります。文藝市場社内に設立した文藝資料研究会からは、1926年から『変態十二史』や会員誌『変態資料』を刊行。特に『変態資料』に掲載された伊藤晴雨撮影による逆さ吊りの妊婦写真は大きな波紋を呼びました。

『グロテスク』とその後の弾圧

彼の出版活動の中でも特に知られているのが、1928年11月から1931年8月にかけて刊行された雑誌『グロテスク』です。この雑誌は発行されるたびに繰り返し発禁処分を受けながらも、全21冊が刊行されました。当局による執拗な弾圧をかわすため、発行所をグロテスク社、文藝市場社、談奇館書局など数回にわたって変更せざるを得ませんでした。この『グロテスク』が終盤を迎える頃には、古新聞の記事を集大成した膨大な書物『近世社会大驚異全史』を刊行。これは菊判で2100ページにも及ぶ、まさに「焼糞の決死的道楽出版」と評される労作でした。

出版界からの引退、そして晩年

しかし、当局の圧力が限界に達したこともあり、1932年に上海へ逃亡。これを機に、性に関する文献や艶笑本の出版活動からは完全に手を引くことになります。帰国後は多様な職を転々としました。大阪の女学校で教壇に立ち、劇場支配人として日劇の再建に尽力したほか、靖国神社の職員だった時期もあります。生計を立てるため、彼は大衆小説の執筆を続け、吾妻大陸などのペンネームで『少年倶楽部』『富士』『新青年』といったメジャーな雑誌にも寄稿していました。

交友関係と後世への影響

生前は、作家の今東光や村山知義といった文化人だけでなく、海軍中将の小笠原長生（『変態資料』の会員でもあった）や、連合艦隊司令長官となる山本五十六とも賭博仲間として交流があったとされています。その波乱に富んだ人生と個性的なキャラクターは、作家・野坂昭如の長編小説『好色の魂』の主人公（貝原北辰）のモデルとなったことでも知られています。

早すぎる死

太平洋戦争が終結し、戦後には質の悪い紙を使った低俗な娯楽雑誌、いわゆる「カストリ雑誌」が大ブームとなりますが、これは梅原北明が牽引したエログロナンセンス出版のスタイルを継承する側面を持っていました。しかし、彼はこのブームを直接目にすることなく、終戦の翌年、発疹チフスに罹患し45歳という若さでこの世を去りました。その異才は早すぎる死によって惜しまれることとなりました。

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