楠本保

楠本保：伝説の剛速球投手、そして散華

兵庫県明石市出身の楠本保（くすもとたもつ）は、大正3年（1914年）12月19日生まれ、昭和18年（1943年）7月23日没の野球選手（投手）です。甲子園において「不世出の投手」「世紀の剛球投手」と称賛された彼の輝かしい経歴と、悲劇的な最期を紐解きます。

少年時代から類まれな才能

幼少期から野球を始め、その剛速球は早くも「明石の怪童」として知れ渡りました。12歳の時、全国少年野球大会予選で対戦した相手チームは、楠本の球の速さに圧倒され、徹底的なバント攻撃を強いられたという逸話が残っています。このエピソードは、彼の並外れた才能を端的に物語っています。

甲子園での活躍：伝説の始まり

明石中学校（現・兵庫県立明石高等学校）入学後、彼は野球部に入部し、数々の伝説を刻みました。1930年から1933年にかけて、春夏合わせて6回の甲子園出場を果たし、その圧倒的な投球で観客を魅了しました。

特に1932年の選抜大会では、広陵中相手に先発全員奪三振（13個）という驚異的な記録を達成。これは、現在に至るまで破られていない単独最多記録です。同年夏の選手権大会でも、準決勝で松山商に敗れはしたものの、64個もの奪三振を記録し、その圧倒的な投球術を全国に知らしめました。

彼の甲子園での成績は輝かしいものばかりです。6回の出場で15勝5敗、完封勝利8（ノーヒットノーラン2）、先発全員奪三振3回、200個以上の奪三振を記録しました。敗戦した試合も、ほとんどが味方の失策や相手のスクイズによるものだったと伝えられています。

独特の投球フォームと圧倒的な球威

楠本の投球フォームは、足を高く上げて大きく振りかぶる独特のスタイルでした。これは、後に野茂英雄投手が有名にしたトルネード投法と類似したものです。このフォームにより球の出所が見づらく、速球は重く、変化球も多彩で、対戦相手を圧倒しました。

ストレートだけでなく、カーブ、ドロップ、シュートなど、変化球も自在に操り、内外角へ正確に投げ分けることで、相手打者を翻弄しました。彼の球を受けた捕手は、指が変形するほどだったという逸話も残されています。

慶應義塾大学時代と社会人野球

明石中卒業後は慶應義塾大学に進学。投手から野手に転向し、主将も務めました。大学卒業後は貿易会社に勤務しながら、社会人野球チーム「全高雄」で野球を続けました。

戦死：28歳の若さで散る

1941年に結婚し、翌年には応召。中国戦線へ出征し、1943年7月23日、中国軍の奇襲攻撃で戦死しました。享年28歳。彼の死は、多くの野球ファンに深い悲しみを与えました。奇しくも、明石中、慶應義塾大学でチームメイトだった中田武雄の戦死の翌日でした。

楠本保は、短い生涯のうちに数々の輝かしい記録を残し、伝説的な投手として後世に語り継がれています。彼の名は、財団法人野球体育博物館の戦没野球人モニュメントにも刻まれています。その剛速球は、多くの人の記憶に今も深く刻まれていることでしょう。

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