横河一郎

横河 一郎

日本の実業界において、電気計測器という新たな分野を開拓し、今日の株式会社横河電機（旧：横河電機製作所）の礎を築いた人物、それが横河一郎（よこがわ いちろう）です。1885年（明治18年）に生を受けた一郎は、建築家として高名な横河グループ創業者・横河民輔の甥にあたります。父である横河震八郎もまた、横河橋梁製作所（現：横河ブリッジ）の取締役を務めるなど、一族は建設・産業分野で重要な役割を担っていました。

経歴と事業への志

電機学校（現在の東京電機大学）を卒業後、逓信省電気試験所に入所した一郎は、電気工学の専門家としての道を歩み始めます。当時の日本は電化が進みつつありましたが、精密な電気計測器の多くは輸入品に頼っている状況でした。一郎がこの分野に着目するきっかけとなったのは、叔父・横河民輔との対話でした。建築設計を通じて社会の変化を鋭く捉えていた民輔は、電気がやがて民間に広く普及する時代が到来することを予見しており、そのために不可欠となる電気計測器の重要性を一郎に説いたのです。この言葉に触発された一郎は、将来の日本社会において電気計測器の国産化が急務であると確信し、この分野での事業化を決意します。

電気計測器事業の立ち上げ

事業化への第一歩として、1912年（明治45年）、民輔の勧めを受けて電気工学先進国であったドイツへ留学します。しかし、第一次世界大戦の勃発と激化により、1915年（大正4年）1月には帰国せざるを得なくなりました。帰国後、一郎は横河民輔の協力を得て、電気技術者の青木晋と共に東京市渋谷町に電気計器研究所を設立します。これが、後の横河電機へと繋がる事業の出発点となりました。

当時の日本の電気計測器市場は、外国製品が圧倒的な信頼性を背景に支配しており、国産品への信頼はまだ確立されていませんでした。このような厳しい状況下で、一郎たちは電気計器の開発と製造という困難な挑戦に乗り出しました。試行錯誤を重ねた結果、1917年（大正6年）には最初の電流計、電圧計、電力計などの試作品を完成させることに成功します。これは、国産の精密電気計器開発における重要な一歩でした。

会社の発展と晩年

製品開発と並行して、一郎は量産化を見据えた製作費の削減に関する研究にも力を注ぎました。また、計器の指示方法に関する技術的な研究・試作も精力的に進めました。事業の拡大に伴い、1920年（大正9年）には組織を株式会社化し、株式会社横河電機製作所と改称。一郎は専務取締役に就任し、経営の中核を担うことになります。

同社が製造する電気計測器の品質は次第に国内外で認められるようになり、1930年（昭和5年）にはベルギー万国博覧会に出展。そこで名誉賞を受賞するという快挙を成し遂げました。これは、日本の電気計測技術が国際レベルに達したことを示す出来事であり、横河電機製作所の技術力の高さを証明するものでした。

順調に事業を拡大させていった横河電機製作所でしたが、1938年（昭和13年）、一郎は会社の初代社長に就任した直後の同年6月2日に、わずか53歳でこの世を去りました。その生涯は決して長くはありませんでしたが、叔父・横河民輔の志を受け継ぎ、日本の電気計測器産業の黎明期においてその開拓と発展に尽力した功績は大きく、今日の横河電機の繁栄の礎を築いた人物として、その名は語り継がれています。

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