檜垣嫗

檜垣嫗（ひがきのおうな）

檜垣嫗は、平安時代中期（10世紀）に生きたとされる女性歌人ですが、生没年は不詳です。彼女は数々の伝説に彩られ、その実像ははっきりとはわかっていません。彼女の名を冠した『檜垣嫗集』という歌集が残っていますが、これは歌物語のような形式で書かれており、実際に檜垣嫗の作と認められている歌はわずか3首しかありません。そのため、この歌集は後世の人が檜垣嫗の名を借りて作ったものだと考えられています。

伝説と歌

『後撰和歌集』には、檜垣嫗に関する逸話が収録されています。それによると、彼女は筑紫の白河という場所に住んでいた「名高く、事好む女」だったとされています。大宰大弐・藤原興範に水を汲むように頼まれた際、「年ふればわが黒髪も白河の　みづはくむまで老いにけるかも」と詠んだと伝えられています。この歌は、自身の零落した境遇を嘆いたものと解釈されています。

この歌にまつわる話は、他の文献にも登場します。『檜垣嫗集』では、歌を詠みかけた相手は肥後守・清原元輔とされ、『大和物語』では藤原純友の乱の追捕使・小野好古となっています。また、歌の表現もそれぞれ異なっており、『檜垣嫗集』では「おいはてて頭の髪は白河の　みづはくむまでなりにけるかな」、『大和物語』では「むばたまのわが黒髪は白河の　みづはくむまでなりにけるかな」と詠まれています。

『大和物語』では、檜垣嫗は「檜垣の御」と呼ばれており、「嫗」の文字は見られません。これらのことから、檜垣嫗の説話には様々なバリエーションが存在し、時代によってその姿が変化していることがわかります。しかし、いずれの説話でも、彼女が風流を好み、名を知られた女性であったという点は共通しています。

清原元輔との交流

檜垣嫗は、清原元輔と親交があったとされています。元輔が肥後守の任期を終えて帰京する際、檜垣嫗は「白川の底の水ひて塵立たむ　時にぞ君を思い忘れん」という歌を詠んで、別れを惜しんだと伝えられています。また、鎌倉時代に書かれた『無名草子』には、元輔の娘である清少納言は檜垣嫗との間に生まれた子であるという記述がありますが、これは俗説と考えられています。

ゆかりの地

熊本県の蓮台寺は、檜垣嫗が草庵を結んだ場所とされており、境内には「檜垣石塔」も残っています。これらの史跡は、檜垣嫗が実在した人物であることを示唆する手がかりとなっています。

能『檜垣』

室町時代になると、世阿弥によって能『檜垣』が作られ、檜垣嫗の名前は広く知られるようになりました。この能では、肥後国岩戸で修行をする僧の前に老女が現れ、自分が檜垣嫗であると語ります。生前、白拍子として美貌を誇った罪により、死後も苦しんでいると告白します。僧の弔いを受けると、老女の霊はかつて舞ったであろう華やかな舞を舞って姿を消すという物語です。この能は、檜垣嫗の伝説を元にしたフィクションですが、彼女のイメージを形成する上で重要な役割を果たしています。

まとめ

檜垣嫗は、謎に包まれた部分が多い人物ですが、歌人としての才能、風流を好む性格、そして多くの人々に語り継がれる魅力的な女性であったことは確かです。伝説と創作によって彩られた檜垣嫗の物語は、今もなお多くの人々を惹きつけています。

[参考資料]：

* 檜垣嫗集『群書類従 : 新校. 第十二巻』 (内外書籍, 1937)　国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1879778/1/240

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