無名草子

無名草子について

『無名草子』は、鎌倉時代初期に成立した評価の高い評論で、日本の散文作品に関する文芸批評の先駆けとされます。その成立は1196年から1202年ごろと考えられており、著者は一般に藤原俊成女（越部禅尼）と見なされています。しかし、他にも俊成や式子内親王が作者として挙げられることもあります。この作品は、若き女性たちと老尼との対話形式で構成されており、特に八十三歳の老尼が若い女房たちと交わす言葉から、時代の女性たちの立場や文学観が垣間見えます。

書名と背景

『無名草子』という書名は後世に付けられたもので、原本の表題は残っていないため、異名として『無名物語』や『建久物語』なども存在します。また、同時代の作品である『八雲御抄』や伴直方の『物藷書目備考』においても、本書が言及されています。

構成

本書は「序」「物語批評」「歌集批評」「女性批評」の四部から成り立っており、各部分が交互に語られます。

序

序文は全体の約1割を占める長い導入部です。老尼が東山の静かな場所から長い道をあてもなく歩き、途中で寺院に参拝しつつ、檜皮屋で若い女房たちと交わす会話が描かれます。この序文は、作品全体の象徴的な意味を持つとされており、文学的な営みを暗示しています。

物語批評

物語批評の部分では、『源氏物語』の各巻やその登場人物に関するさまざまな短評が展開されます。特に印象的な場面についての意見や、『狭衣物語』や『夜半の寝覚』といった他の中古の物語についても議論が行われます。また、「さても この源氏作りいでたることこそ 思へど思へど この世ひとつならず めづらかにおぼゆれ」という評言が広く知られています。

歌集批評

歌集批評では、『伊勢物語』や『大和物語』などの歌物語が取り上げられ、さらには『万葉集』や勅撰七代集・私撰集・歌合などについても言及しています。この部分では、当時の歌の文化やその文学的価値が語られます。

女性批評

女性批評のセクションでは、清少納言や紫式部など、宮廷における著名な女性たちが言及され、特に伊勢の御や大斎院、中宮定子、小野の皇太后宮の四人が称えられています。女性たちの文学に対する貢献やエピソードが描かれ、古本説話集にあたる引用も多く見られます。

重要性

『無名草子』は単なる散逸作品の研究資料としてだけでなく、中世初期における中古文学の享受史を理解する上でも重要です。この作品を通じて、当時の人々や文学観がどのように形成されていたのかを知ることができ、後の日本文学に与えた影響の大きさを実感することができます。著者の視点や批評が現代にも引き継がれる意義は計り知れません。

参考文献

本書の重要な研究は多くあり、一般的な注釈書として、桑原博史の『無名草子』（新潮日本古典集成）や、和泉書院の『無名草子―注釈と資料』が著名です。また、近年の研究成果を含め、さまざまな文献がその理解を深める助けとなっています。

もう一度検索