正嘉本源氏物語系図

正嘉本源氏物語系図：鎌倉時代の源氏物語系図

正嘉本源氏物語系図は、鎌倉時代中期、正嘉2年（1258年）夏に成立したとされる源氏物語系図です。古系図に分類され、複数の古系図を校合して編纂された点が大きな特徴です。現存する2つの写本から、その詳細な内容が明らかになりつつあります。

系図の成立と特徴

奥書によれば、正嘉本はそれ以前から存在した数十もの古系図を校合して作成されました。この校合作業は、単なる集積ではなく、内容の精査と修正を伴うものであったと考えられます。複数の写本が存在し、それぞれに欠損部分があるものの、互いに補完することで系図の大部分を復元できます。これは、古系図全体では珍しい状況であり、正嘉本の貴重な点を示しています。

池田亀鑑は、正嘉本を「混合本系統」の代表的な系図として位置づけ、『源氏物語大成』に翻刻を収録しました。九条家本、為氏本と並ぶ重要な系図として、源氏物語研究において重要な役割を担っています。

現存する伝本

現在、確認されている正嘉本は、天理大学天理図書館所蔵本と東海大学桃園文庫蔵本の2つです。いずれも巻子一軸の形態で、多少の欠落が見られますが、欠損箇所が異なるため、両者を組み合わせることで系図の大部分を復元できます。

天理大学所蔵本は、正嘉本の祖本と考えられており、三井鉱山専務であった七海兵吉の旧蔵を経て天理大学に所蔵されることになりました。東海大学所蔵本は、池田亀鑑旧蔵本であり、『源氏物語大成』に収録されていることから「大成所収正嘉本」とも呼ばれています。室町時代に天理大学所蔵本を写した転写本であると考えられています。

系図の内容

正嘉本の構成は、他の多くの源氏物語古系図と同様です。

前付（巻名目録）： 天理大学所蔵本では欠落しています。東海大学所蔵本には、巻名目録が付されています。宇治十帖は独立した扱いになっています。
系譜部分： 太上天皇（桐壺帝）から右近中将まで、父系に基づいて31系統に分かれて記述されています。人物表記において、青表紙本や河内本と異なる表記が見られる場合、正嘉本は河内本に一致することが多く、興味深い点です。
不入（不知譜糸入）： 系譜が明らかでない人物を列挙した部分。250名以上の人物が掲載されています。
無名人： 名前は不明だが詠歌のある人物を列挙した部分。
* 奥書： 正嘉本の成立経緯を記した、珍しい長文の奥書が存在します。

系譜部分に記載されている人物数は、210～214人程度と推定されています。これは、多くの古系図と比較して非常に多い数であり、正嘉本が大幅な増補を受けていることを示唆しています。

奥書と校合

奥書には、正嘉本の成立過程が詳細に記されています。まず、「六条三品禅門（雅成親王）」の自筆本を底本とし、「嵯峨禅尼本」、「京極中納言家本」など数十の古系図を校合して第一次校合本が作成されました。その後、さらに「定家卿が献上した貴所御本」などを校合して、正嘉本が完成しました。

奥書には、校合対象となった古系図として、「嵯峨禅尼（俊成卿女）本」、「京極中納言（藤原定家）家本」、「定家卿が献上した貴所御本」の三つが特に挙げられています。これらは御子左家の関係する伝本であり、正嘉本作成者の背景と何らかの関わりがあった可能性が示唆されています。

正嘉本と他の古系図との比較

正嘉本は、多くの古系図を校合した結果、独自の増補や異文注記を含んでいます。例えば、現行の源氏物語本文にはない「巣守巻」の人物に関する記述や、夕霧の官位に関する記述などが挙げられます。これらの記述は、正嘉本作成者の源氏物語理解や、当時の伝本状況を反映していると考えられます。


正嘉本は、系図に収録されている人物数が非常に多いという特徴があります。常磐井和子の指摘する「系図に収録されている人物数が少ないほど古く原型に近い」という法則からすると、正嘉本は原型からかなり増補された形態であると判断できます。しかし、この増補は単純な追加ではなく、精査と修正に基づいたものである可能性があります。

正嘉本系統

池田亀鑑は、正嘉本と類似した内容を持つ系図を「正嘉本系統」と呼びました。しかし、常磐井和子は、この分類に疑問を呈し、後光厳天皇本などは単純に正嘉本系統に分類できないと主張しています。

翻刻本

正嘉本の翻刻は、『源氏物語大成』に収録されています。これは、正嘉本が源氏物語研究において重要な資料であることを示しています。

正嘉本源氏物語系図は、その成立経緯、内容、現存する伝本の状況などから、源氏物語研究において非常に重要な資料です。今後の研究によって、さらに多くの知見が得られることが期待されます。

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