正税帳

正税帳と正税返却帳：律令制下の地方財政を映す鏡

律令制下の日本において、地方の国司は毎年、中央政府である太政官に対して、その地方の財政状況を報告する必要がありました。その報告書として作成されたのが、正税帳です。正税帳は、いわば当時の地方自治体の決算報告書であり、田租や出挙、さらには国分寺造営費といった様々な財政収支が記録されていました。正税帳は、当時の地方政治と経済の実態を理解する上で、極めて重要な一次史料となっています。大税帳とも呼ばれることもあります。

正税帳は、大きく分けて二つの構成部分から成っていました。一つは、令制国全体の収支をまとめた総括部分、もう一つは、各郡ごとの詳細な収支を記した部分です。前年度からの繰り越し、当年度の収入と支出、そして次年度への繰り越しが、それぞれの部分に記録されていました。

作成された正税帳は三通あり、一通は国府に保管され、国司の交代時や翌年度の正税帳作成のための資料として利用されました。残りの二通は、関連資料（「枝文」と呼ばれる）と共に、旧暦二月末日（大宰府は五月末日）までに太政官に提出されました。正税帳を提出する使者は、正税帳使と呼ばれていました。

太政官に提出された正税帳は、民部省主税寮で厳格な監査を受けました。正税帳に記載された数値と、関連資料の数値に不一致があったり、未納や欠損が発見された場合は、正税帳は返却されました。この際に作成されるのが、正税返却帳です。

正税返却帳は、正税帳に何らかの不備が見つかった場合、主税寮から民部省に、令制国へ正税帳を返却するよう上申するために作成された文書です。具体的には、正税帳と他の帳簿を照合し、稲穀数の差が、大国で一万束以上、上国で八千束以上、中国で六千束以上、下国で四千束以上あった場合に作成されました。この差は「勘出」と呼ばれていました。主税寮が作成した正税返却帳は、民部省の承認を得た上で、令制国に送付され、正税帳と共に返却されました。

現在、正税帳の貴重な史料として『正倉院文書』に天平2年（730年）から天平11年（739年）までの23通が保存されています。これらの史料は、当時の地方財政の状況を詳細に伝えるだけでなく、中央と地方の政治的・経済的関係についても貴重な情報を提供してくれています。正税帳と正税返却帳は、古代日本の地方行政と経済を理解する上で欠かせない重要な資料であり、その研究は現代においても継続されています。これらの史料から、当時の税制や経済活動、さらには地方行政の運営実態といった様々な側面を詳細に考察することが可能です。

正税帳と正税返却帳の研究は、古代日本の社会構造や政治経済システムを解明する上で重要な役割を果たしており、今後も歴史研究において重要な位置を占め続けるでしょう。これらの史料から得られる知見は、現代社会における行政運営や経済政策にも示唆を与えてくれるかもしれません。

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