武島務

武島務：『舞姫』のモデルとなった陸軍軍医

武島務（たけしま つとむ）は、文久3年（1863年）に生まれ、明治23年（1890年）に37歳の若さで亡くなった、明治時代の陸軍軍医です。森鷗外の短編小説『舞姫』に登場する主人公・太田豊太郎のモデルとされています。

生い立ちと医学の道へ

武島務は、武蔵国秩父郡太田村（現在の埼玉県秩父市）で、漢方医の息子として誕生しました。幼い頃から医学に興味を持ち、済生学舎（現在の日本医科大学）と東亜医学校で医学を学びました。東亜医学校では、後に文豪となる森鴎外から生理学の講義を受けています。明治15年（1882年）には東京府医術開業試験に合格し、内外科医術開業免許を取得しました。

軍医としてのキャリア

明治17年（1884年）、武島は軍医学講習所（陸軍軍医学校の前身）に入所し、軍医としての道を歩み始めます。ここでも森鴎外から軍陣衛生学の講義を受け、二人は再会を果たしました。卒業後は、軍医試補・教導歩兵副医官を経て、明治18年（1885年）には東京陸軍病院の三等軍医に任官しました。

ドイツ留学と挫折

明治19年（1886年）、武島は陸軍省に海外留学を願い出て、内閣からドイツへの私費医学留学が許可されます。翌年1月、ベルリンに到着し、4月にはベルリン・フンボルト大学医学部に学籍を登録しました。梅毒・皮膚病研究の権威であるゲオルク・リヒアルト・レーヴィン教授の指導のもと、研究に励む日々を送ります。

しかし、留学生活は順風満帆とはいきませんでした。父親からの送金を依頼していた義兄が学費と生活費を着服し、送金が途絶えてしまったのです。生活に困窮した武島は、下宿費の遅延によるトラブルを起こし、このことがドイツ公使館付の福島安正大尉に知られることとなります。その結果、帰国命令が下され、武島の留学生活は暗転します（この情報を森鴎外に伝えたのは北里柴三郎であったとされています）。

帰国命令後も武島はドイツに留まり、レーヴィン教授のもとで研究を続け、日本の医学雑誌に寄稿することで生活費を稼ぎました。しかし、明治20年（1887年）9月、軍医監の石黒忠悳の裁断により免官処分が下され、失職してしまいます。さらに、正八位の位も返上させられ、明治22年（1889年）には大学の学籍も抹消され、博士号取得の夢も絶たれてしまいました。

失意の中での最期

その後、武島はベルリンからドレスデンに移り、貿易会社エル・ゼーリヒ＆ヒレに就職します。この会社がアジアへの貿易進出を考えていたこと、そして経営者がユダヤ系ドイツ人であり、同じマイノリティーである日本人の窮状に手を差し伸べたことが、就職の理由として考えられています。

しかし、武島の体は病魔に蝕まれていました。肺結核を患い、明治23年（1890年）5月17日、ついに息を引き取りました。享年37歳。ドイツでの華々しい研究生活、そして軍医としての将来を嘱望されながらも、志半ばで無念の死を迎えた武島の生涯は、激動の明治という時代の一断面を映し出していると言えるでしょう。

武島務の人生は、森鷗外の『舞姫』の主人公、太田豊太郎のモデルとして知られていますが、小説の華やかなイメージとは裏腹に、苦悩と挫折に満ちたものでした。しかし、その短い生涯は、明治という激動の時代における一人の青年の苦悩と挫折を物語るものとして、今もなお私たちの心に深く響きます。

もう一度検索