医術開業試験

医術開業試験とは

医術開業試験は、1875年（明治8年）から1916年（大正5年）にかけて実施された、医師の開業資格を得るための試験です。1885年（明治17年）以降、「医術開業試験」という名称で知られるようになりました。

試験導入の背景

西洋医学を試験内容とする医術開業試験の導入と、試験合格者に医師免許を付与するという制度（医制）の制定は、日本の医学界に大きな変革をもたらしました。これにより、新たに開業する医師には西洋医学の知識が必須となり、近代日本において漢方医学から西洋医学へのパラダイムシフトが起こりました。

従来の医師の多くを占めていた漢方医に対しては、一代限りの開業免許が与えられましたが、新規の供給が制限されたため、漢方医は徐々に減少していきました。

試験制度の概要

医師免許は、医術開業試験の合格者だけでなく、西洋医学を教育する機関の卒業者にも無試験で与えられました。受験資格は1年半の「修学」のみであったため、事実上、独学でも受験が可能であり、立身出世の道として捉えられていました。貧困のため大学に通えなかった野口英世も、この試験を通じて医師免許を取得しています。

医術開業試験は、明治期の開業医の主要な供給源であり、合計で2万人を超える合格者を輩出しました。大正初期には、医師全体の約4万人のうち、西洋医は約3万人で、そのうち約1万5000人が試験合格者でした。残りは医学専門学校などの卒業者や帝国大学の卒業者でした。

試験の廃止

明治後期になると、帝国大学や医学専門学校の卒業生が増加し、試験合格のみで免許が与えられる医術開業試験は、近代医学の進歩に対応できないという批判が高まりました。1906年（明治39年）の医師法制定により、医術開業試験は廃止が決定され、その後、医師は全て医学教育機関から供給されることになりました。

医術開業試験合格者は、各地の医師会の中心的な存在となりました。彼らは、医学教育機関が旧制大学に昇格した後、私立旧制医学専門学校の新設運動を主導しました。

歴史

1874年（明治7年）：「医制」が公布され、国家試験による医師の開業許可制が採用されました。
1876年（明治9年）：内務省が「医制」を全国に適用し、各県が医師の開業試験を実施しました。
1879年（明治12年）：内務省が「医師試験規則」を定め、全国統一の試験が実施されました（大学卒業者などは無試験）。
1883年（明治16年）：内務省が「医師免許規則」と「医術開業試験規則」を公布しました。
1906年（明治39年）：内務省が「医師法」を制定し、医術開業試験の廃止を決定しました。
1916年（大正5年）：医術開業試験が廃止されました。

試験概要（1883年の「医術開業試験規則」）

試験場：全国9カ所
試験実施：年2回
試験科目：
前期：物理学、化学、解剖学、生理学
後期：外科学、内科学、薬物学、眼科学、産科学、臨床実験
年齢制限：なし
受験資格：1年半以上の「修学」履歴

受験予備校

医術開業試験は難関であり、合格のためには「前期3年、後期7年」が必要と言われるほどでした。そのため、多くの受験予備校が設立されました。

特に有名なのが、長谷川泰が設立した済生学舎です。済生学舎は、入学に際して学歴、性別、年齢を問わず、多くの学生を集め、医術開業試験の合格者を多数輩出しました。済生学舎は、約2万1000人の学生を受け入れ、約1万2000人の医師を送り出しました。済生学舎の廃校後、関係者は日本医学校（後の日本医科[[大学]]）を創設しました。

また、成医会講習所（後の東京慈恵会医科[[大学]]）も、医術開業試験の受験予備校から正規の医学教育機関へと発展しました。

主な合格者

荻野吟子（1885年合格）：日本初の女性医師
高橋辰五郎（1886年合格）
稲田清淳（1889年合格）
吉岡彌生（1892年合格）：東京女子医科[[大学]]創設者
須藤憲三（1892年合格）：金沢医科[[大学]]学長
林熊男（1892年合格）：木々高太郎の父
光田健輔（1896年合格）：ハンセン病治療のパイオニア
野口英世（1897年合格）：細菌学者
羽太鋭治（1900年合格）：性科学者
安島直人（1904年合格）
池野勇（1911年合格）

参考文献

橋本鉱市『専門職養成の政策過程』学術出版会、2008年
橋本鉱市「医師集団と非学歴層」メディア教育開発センター「研究報告」第67号（1994年）

関連項目

医制
医学教育
医師国家試験
医科[[大学]]
* 日本の医学校

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