死の棘

死の棘

島尾敏雄の代表作である『死の棘』は、作者自身の体験に基づいた私小説です。1960年から1976年にかけて断続的に発表され、1977年に長編小説として刊行されました。日本文学大賞、読売文学賞、芸術選奨を受賞しています。

作品概要

物語は、夫トシオの不倫が発覚し、妻ミホが精神的に不安定になることから始まります。ミホは夫を激しく糾弾し、尋問を繰り返すことで、夫婦の関係は危機に瀕します。極限状態の中で、夫婦は互いへの愛憎、過去の記憶、そして未来への不安に苛まれながら、断絶の淵を彷徨います。しかし、夫婦は苦しみながらも、互いへの理解を深め、絆を取り戻そうとします。

作品のタイトルは、新約聖書『コリントの信徒への手紙一』に由来し、死の恐怖と罪の意識、そしてそれらを乗り越えようとする人間の葛藤を表しています。

評価と研究

『死の棘』は発表当初から高い評価を受け、多くの研究がなされています。

手塚富雄は、作者が事件そのものを深く受け止めた精神の大きさを評価し、この作品を「非私小説」と捉えました。一方、三島由紀夫は、主人公が世俗的な解決を拒み、狂乱する妻を前に苦悩する姿に注目し、主人公を「ファウストの飽くなき探求心と、メフィストフェレスの冷酷な客観性を一身に具備しようとした存在」と評しました。

「死の棘」日記

小説『死の棘』に対応する時期の作者の日記も存在します。日記には、小説では語られなかった夫婦の日常や、作者の心情が克明に記録されており、作品をより深く理解するための貴重な資料となっています。

映画化

1990年には、小栗康平監督によって映画化されました。松坂慶子がミホを、岸部一徳がトシオを演じ、カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞するなど、国内外で高い評価を受けました。映画は、原作の持つ緊張感と情感を忠実に再現し、夫婦の愛憎劇を鮮烈に描き出しています。

あらすじ（映画版）

太平洋戦争末期、特攻隊員だったトシオは、終戦後、島の娘ミホと結婚し、平凡な生活を送っていました。しかし、トシオの浮気が発覚したことで、夫婦の関係は一変します。ミホはトシオを激しく問い詰め、精神的に不安定になっていきます。夫婦は葛藤しながらも、互いを求め、愛し合おうとしますが、過去の傷跡は深く、容易には癒えません。極限状態の中で、夫婦はそれぞれの心の奥底にある孤独と向き合っていくことになります。

『死の棘』は、夫婦の愛と憎しみ、人間の心の脆さ、そして生と死を見つめた、深く感動的な作品です。

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