毛皮をまとったエレーヌ・フールマン

『毛皮をまとったエレーヌ・フールマン』（蘭: Portret van Hélène Fourment met een bontmantel）は、バロック期を代表するフランドルの画家、ピーテル・パウル・ルーベンスによって1636年から1638年頃に描かれた油彩作品です。

この絵は、ルーベンスが53歳で再婚した妻、エレーヌ・フールマンを描いたもので、『エレーヌ・フールマン』の他に『毛皮ちゃん』、『毛皮さん』、『小さな毛皮』、『ペルスケン』(蘭: Het Pelsken)とも呼ばれます。現在、ウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

概要

ルーベンスは、最初の妻イザベラ・ブラントを亡くした後、1630年に16歳のエレーヌと再婚しました。この作品は、エレーヌを美の女神ヴィーナスに見立てて描かれており、彼女の美しさを永遠に留めようとしたルーベンスの深い愛情が感じられます。

ルーベンスは、この作品を制作するにあたり、イタリアの画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1535年頃に描いた『毛皮を着た若い女性』を参考にしました。実は、ルーベンス自身も1629年から1630年頃にティツィアーノの模写作品を手掛けています。しかし、本作は単なる模写ではなく、ルーベンス独自のエッセンスとエレーヌへの深い愛情が込められた、唯一無二の作品と言えるでしょう。

ルーベンスは遺言の中で、この作品を「毛皮さん」（ペルスケン）と呼んで、エレーヌに遺贈しました。この愛称からも、ルーベンスがこの作品とエレーヌをいかに大切にしていたかが伝わります。

作品について

この絵には、毛皮のコートを羽織った裸婦が描かれています。彼女は、鑑賞者の方を向き、片方の腕で胸を、もう片方の腕で下腹部を隠しています。このポーズは、古代彫刻に見られる「恥じらいのヴィーナス」（Venus pudica）を模倣したもので、女性の美しさと慎み深さを象徴しています。

絵の中の女性は茶色の目をしていますが、実際のエレーヌは青い目をしていたとされています。また、画面右端には、ライオンの顔の形をした噴水頭が描かれており、背景の装飾として、絵画全体の雰囲気を引き締める役割を果たしています。

ルーベンスの卓越した筆致と色彩感覚によって、エレーヌの滑らかな肌の質感、毛皮の柔らかさ、そして彼女の持つ気品が、見事に表現されています。この作品は、ルーベンスが愛する妻への想いを込めて描いた、まさに愛情の結晶と言えるでしょう。

作品の魅力

『毛皮をまとったエレーヌ・フールマン』は、ルーベンスの卓越した技術と、妻への愛情が深く込められた傑作です。バロック絵画の力強さと、女性の美しさを余すところなく表現しており、美術史においても非常に重要な作品として位置づけられています。この絵を前にすると、エレーヌの美しさに圧倒されると同時に、ルーベンスの深い愛情を感じずにはいられないでしょう。

また、この作品は、ルーベンスが古代の美術や他の画家の作品から影響を受けつつ、独自のスタイルを確立していった過程を示すものとしても注目されます。ティツィアーノの模写から着想を得ながらも、独自の解釈を加え、より深みのある作品に仕上げています。

この作品は、ルーベンスの円熟期の傑作として、現在も多くの人々を魅了し続けています。ルーベンスの妻への愛と、芸術への情熱が凝縮されたこの作品は、時を超えて、私たちに感動を与えてくれるでしょう。

参考文献

高橋達史・高橋裕子（責任編集）『名画への旅 第13巻 豊かなるフランドル』講談社、1993年2月。ISBN 978-4-06-189783-0。
『芸術新潮』第69巻第11号、新潮社、2018年11月。

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