気質物

気質物：江戸時代の世相を映す鏡

気質物とは、江戸時代に流行した浮世草子の一種です。当時の社会風俗や人々の生き様を、様々な職業や身分の人々を通してユーモラスに、時に辛辣に描いた作品群です。単なる娯楽作品にとどまらず、江戸時代の世相を知る上で貴重な資料となっています。

歴史：八文字屋と気質物ブーム

初期の浮世草子の中には、女性や若衆、武道の達人などを描いた作品がありました。しかし、気質物というジャンルを確立したのは八文字屋という出版社です。八文字屋が「〇〇気質」というタイトルで滑稽風刺シリーズを刊行したことが、気質物のブームの始まりでした。その後、多くの作家が気質物を執筆し、多様な作品が世に送り出されました。

代表的な作品と作家

気質物の作品は、その内容も作家も多岐に渡ります。代表的な作家と作品を以下に挙げます。

江島其磧（えじま きせき）
寛濶役者片気 (1711年頃)
世間子息気質 (1715年)
世間娘容気 (1717年)
浮世親仁形気 (1720年)
世間手代気質 (1730年)
諸商人世帯気質 (1736年)
賢女心化粧 (1745年)
和漢遊女容気（一代男の後日譚）

多田義俊（ただ よしとし）
鎌倉諸芸袖日記 (1743年) - 多田南嶺名義
世間母親容気 (1752年) - 南圭梅嶺名義

上田秋成（うえだ しゅうせい）
諸道聴耳世間猿 (1766年)
世間妾形気 (1767年)

不明
世間長者気質 (1754年) - 其笑・瑞笑の連名名義
略縁記出家気質 (1769年) - 四代目自笑名義

永井堂亀友（兵作堂）（ながいどう きゆうゆう）
風俗俳人気質 (1763年)
当世銀持気質 (1770年)
風流茶人気質 (1770年)
世間姑気質 (1772年)
赤烏帽子都気質 (1772年)
小児養育気質 (1773年)
世間旦那気質 (1773年)
笑談医者気質 (1774年)
世間仲人気質 (1774年)

増谷大梁（ますたに たいりょう）
世間化物気質 (1770年)
世間傾城気質 (1771年)

大雅舎其鳳（たいがしゃ きほう）
当世宗匠気質 (1773年)
滅多無性金儲気質 (1775年)

これらの作品は、役者、商人、町娘、武士など、当時の社会を構成する様々な人々の姿を生き生きと描いています。それぞれの職業や立場における人間模様、喜怒哀楽がユーモラスな筆致で表現されており、現代の私たちにとっても興味深い内容となっています。

明治・大正時代以降

明治時代に入ると、小説神髄の影響を受けた「当世〇〇気質」という作品群が登場しました。これは、近代日本の社会状況を反映したもので、当時の世相を反映した新たな気質物の潮流といえます。代表的な作品としては、坪内逍遥の『当世書生気質』などが挙げられます。

当世書生気質（坪内逍遥）
当世商人気質（饗庭篁村）
当世権妻気質（苔の屋一心）
当世会社気質（奥村柾兮）
当世職人気質（暁花園霞柳）
当世ハイカラ気質（花の本詩庵）
当世女生気質 松の巻（稲岡奴之助）
当世奥様気質（福田琴月）
当世細君気質（原題: That Wife of Mine、佐々木邦訳）
当世良人気質（原題: That Husband of Mine、佐々木邦訳）
当世気質新奥様（黒田湖山）
* 当世大学生気質（東京帝国大学新聞社 編）

これらの作品は、近代化が進む日本社会における新しい価値観や人間関係、そして社会問題などを反映したものでした。

気質物の意義

気質物は、単なる娯楽作品としてだけでなく、江戸時代から明治・大正時代にかけての社会風俗や人々の生活、価値観を知るための貴重な資料です。これらの作品を読むことで、当時の社会の様子をより深く理解することができます。また、ユーモラスな描写や風刺を通して、現代の私たちにも通じる普遍的な人間模様が描かれている点も見逃せません。

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