水上ビル

愛知県豊橋市に位置する「水上ビル」は、豊橋駅から東へ約800メートルにわたり連なる板状の建築物群の通称です。豊橋の市街地の象徴的存在として、多くの市民に親しまれてきました。

特徴

豊橋駅前から東に伸びる駅前大通りにほぼ並行して、約80メートル南側には農業用水路である牟呂用水が流れています。水上ビルは、この牟呂用水のおよそ800メートル区間を地下化（暗渠化）し、その上に建設された3階建てから5階建てのビル合計15棟を指します。西端には穂の国とよはし芸術劇場PLATがあり、東端の国道259号との交差点付近にはレインボータワーというモニュメントが設置されています。

建物群は西から順に「豊橋ビル」「大豊ビル」「大手ビル」の3つの区域に分かれており、それぞれの所有形態が異なります。ビルの両側には雨よけのアーケードが設けられています。商店街には、個人客向けの小売店と業者向けの問屋が混在しており、一般の人でも問屋での買い物が可能です。牟呂用水の上に建てられているため、ビルに入居する店舗や住民は豊橋市に河川の占用料を納めています。水路は水資源機構、土地は豊橋市、建物は個人・企業・愛知県と、所有者が複雑に入り組んでいることが、建て替えなどの大規模な改修を難しくしている一因とされています。

歴史

水上ビルの歴史は、太平洋戦争による戦災からの復興期に遡ります。1945年の豊橋空襲で壊滅的な被害を受けた豊橋市では、戦後にいわゆる青空市場が活況を呈しました。しかし、戦前から続く商店街が元の場所で再建を進めたことから、市当局は青空市場の業者を移転させるため、新たな正規の商店街を整備することにしました。

かつて豊橋空襲で焼失した旧狭間小学校の跡地（現在の名豊ビルがある場所）の裏手に、木造の大豊商店街が誕生しました。ここには引揚者や戦災者が中心となって店舗を開き、賑わいましたが、その後の都市計画の中で、防災や景観の向上を目的とした再開発計画が持ち上がります。商店主たちは立ち退きに合意しましたが、大豊商店街を移転させるための適切な用地が豊橋駅周辺で見つかりませんでした。そこで苦肉の策として、市中心部を流れる牟呂用水を暗渠化し、その上に建物を建設して移転するという前例のない計画が実行されました。

こうして、農業用水路の上に建設された大豊ビルが1964年12月に完成し、1階部分に大豊商店街が移転開業しました。当初、駅に近い西側半分は卸問屋が多く、東側半分には食堂、衣料品、鮮魚、青果などの小売店が軒を連ねていました。その後、1965年には豊橋ビルが、1967年には大手ビルが完成。大手ビルには、かつて大手町にあった市場の商店などが移り住みました。用水上にビルを建てるという構造は全国的にも非常に珍しく、他都市から視察団が訪れるほど注目されました。豊橋駅から近いこともあり、静岡県や長野県の南信地方からも多くの買い物客が訪れ、1980年頃には国鉄飯田線を利用して水上ビルの問屋街へ商品を仕入れに来る人々で行列ができるほどの賑わいを見せたといいます。

近年の動き

近年、水上ビルはまちの象徴として再び注目されています。2013年には、豊川市出身の園子温監督が手掛けたテレビドラマ「みんな!エスパーだよ!」のロケ地の一つとして使用され、広く知られるようになりました。また、同年には水上ビルやその周辺の空き店舗・空き家を活用するための「まちなか空き家・空き店舗見学ツアー」が開催されるなど、利活用に向けた取り組みが進められています。2014年には大豊ビル商店街の成立50周年を記念するイベントが行われ、2015年からは商店街の店主らがフリーペーパー「大豊ジャーナル」の発行を開始するなど、地域活性化の動きが見られます。

空き店舗やアーケードの有効活用を目指し、2015年からは毎年6月の特定の週末に、期間限定でアンティークショップなどが出店する「雨の日商店街」が開催されています。このイベントには多くの露天商やネット販売業者、飲食店などが出店し、賑わいを取り戻すきっかけとなっています。

アートとの連携

水上ビルは、アート活動の場としても活用されています。2004年には地元の若者有志と商店主が協力し、水上ビル全体を会場とするアートイベント「sebone（セボネ）」が始まりました。この名称は、上空から見た水上ビルが人間の背骨のように見えることに由来するといいます。イベントでは、アーティストによる絵画、彫刻、演劇、音楽などの作品発表に加え、地元の小学生の絵画や工作なども展示されます。年々規模は拡大し、2010年には約25,000人が来場するなど、大きな反響を呼んでいます。商店の内部やアーケード、ビルの壁面など、建物の様々な場所が作品の展示空間となり、アートと商店街が一体となった独特の雰囲気を生み出しています。

また、2016年には、国際芸術祭である「あいちトリエンナーレ」の豊橋会場の一つとして水上ビルが選ばれました。ブラジルのアーティスト、ラウラ・リマによるインスタレーションでは、大豊ビルの一角に放たれた約100羽の小鳥がビル内部を飛び交う様子を鑑賞できるなど、水上ビルの空間特性を活かした展示が行われました。

建物の概要

豊橋ビル

1965年竣工の5階建て1棟。養鰻組合を母体とする企業が所有しており、主に1階と2階が飲食店などのテナント、3階から5階が賃貸住宅として利用されています。

大豊ビル

1964年竣工。主に3階建て（一部4階建て）の9棟から構成されます。商店街組合に加盟する個人が、1階から3階（または4階）までを縦割りの形で所有しており、1階は店舗、上階は住居として使われています。大豊商店街として使われている1階部分にはかつて59店舗が連なっていましたが、2014年時点では約40店が営業を続けていました。所有者の高齢化も進んでおり、2013年時点では70歳以上が多数を占めていました。建物の間取りは間口約4.5メートル、奥行き約8メートルで、トイレが2階以上にしかない、店舗部分に階段があるなど、店舗と住居の境界が曖昧な構造が、新たなテナントの誘致を難しくし、空き店舗増加の一因ともなっています。一方で、安価な賃料のため、近年はレコード店やブティック、ラーメン店、家具店、クラフトビール専門店など、新しいジャンルの店舗も開店しています。古くからの花火店、小鳥店、蜂蜜専門店なども営業を続けており、個性豊かな商店街となっています。

大手ビル

1967年竣工の5階建て5棟。1階と2階は個人所有の店舗や住居、3階から5階は愛知県営の賃貸住宅として利用されています。

水上ビルのビル群の間には、牟呂用水の暗渠化によって上に建物が建っているにも関わらず、かつて水路にかかっていた橋の欄干がいくつか残されており、独特の景観を形成しています。確認できる橋としては、萱町橋、下狭間橋、狭間橋、新川橋などがあります。

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