水滸伝の成立史

水滸伝成立史：作者、テキスト、史実、そしてその周辺

中国明代に成立した長編小説『水滸伝』は、四大奇書の一つとして知られています。本稿では、『水滸伝』の成立過程に関する様々な論点を概説します。

北宋末期の盗賊と108人の英雄

『水滸伝』は、北宋末期、山東の梁山泊に集った宋江ら108人の義賊の物語です。物語の根底には、史実における山東で活動した「宋江三十六人」という盗賊集団の存在がありますが、物語そのものは南宋期の講談や元代の雑劇などの要素を吸収しながら、明代中期（16世紀半ば）に小説として完成したと考えられています。現存最古の完成されたテキストは、1610年刊行の『李卓吾先生批評忠義水滸伝』（容与堂本）であり、小説の完成年代は、それより少し前の嘉靖年間（1522年-1566年）頃と推定されています。

謎に包まれた作者

『水滸伝』の作者については、古くから様々な説があります。

施耐庵説: 最も有力な説で、古本や文献に作者として記されているためです。しかし、施耐庵自身に関する資料はほとんど残っておらず、生没年や出身地も不明です。ペンネームの可能性も指摘されています。
羅貫中説: 『三国志演義』の作者としても知られる羅貫中も、作者候補として挙げられています。いくつかの文献で作者として記されていますが、羅貫中自身も経歴不明な人物です。複数の作家による合作説も存在します。
その他: 施耐庵や羅貫中がペンネームであるとする説、グループ執筆説、そもそも特定の作者がいないとする説など、様々な説が提唱されています。

いずれの説も決定的な証拠はなく、現時点では作者不詳と言わざるを得ません。

李卓吾と金聖歎：批評家としての貢献

『水滸伝』の作者以外にも、重要な人物がいます。李卓吾と金聖歎です。

李卓吾（李贄）は明末の思想家で、彼の批評が多くの『水滸伝』古本に収録されています。しかし、実際には李贄自身によるものか、他の文人が李贄の名を借りて書いたものかは不明です。

金聖歎は明末清初の文芸批評家で、彼が編集した『水滸伝』七十回本は、百二十回本から後半部分を削除したものです。宋江を偽善者と批判し、独自の批評を大量に挿入しています。この大胆な改変は賛否両論ありましたが、清代中期以降は七十回本が主流となりました。

テキストの種類：文繁本と文簡本

現存する『水滸伝』のテキストは、文繁本と文簡本に大別されます。

文繁本: より詳細で情趣豊かな表現を用いたもの。七十回本、百回本、百二十回本が存在します。
* 文簡本: 筋立てを重視し、表現を簡略化したもの。挿絵を多く含むものもあります。百十回本、百十五回本、百二十四回本が存在します。

中国では清代中期以降、七十回本が主流となりましたが、日本では百二十回本が広く読まれました。

史実と虚構の融合

『水滸伝』の物語は架空の話ですが、史実を基にした部分も含まれています。北宋末期の梁山泊の盗賊、蔡京の専横、宋江三十六人などの史実は、物語の骨格となっています。しかし、これらの史実を繋ぎ合わせて創作された物語であり、史実とは異なる部分も多いです。特に「山賊の宋江が朝廷に帰順し、方臘征伐で活躍する」という物語の中核部分も、史実とは食い違う点が多いことが近年の研究で明らかになっています。

先行作品群：講談と元曲

『水滸伝』の成立には、宋代以来の講談や元代の雑劇（水滸戯）が大きく影響しています。講談では、宋江ら義賊の逸話が語られ、元曲では梁山泊や宋江に関するエピソードが演じられました。これらの作品は、『水滸伝』の物語形成に重要な役割を果たしています。

『水滸伝』の続編

『水滸伝』の人気の高さから、多くの続編が書かれました。『金瓶梅』『水滸後伝』『説岳全伝』『蕩寇志』など、様々な作品が『水滸伝』の世界観を継承・発展させています。

その他の論点：地理、征遼故事、人物像など

『水滸伝』の成立過程を探る上で、地理的設定の不正確さ、征遼故事の挿入時期、登場人物のモデルや性格形成など、様々な論点が議論されています。これらの論点を考察することで、『水滸伝』成立史の理解が深まります。

まとめ

『水滸伝』は、単一の作者による作品ではなく、多くの作家や作品群の影響を受けながら、長い時間をかけて成立した複雑な作品です。本稿で紹介した様々な論点を踏まえ、多様な視点から『水滸伝』を理解することで、その魅力をより深く味わうことができるでしょう。

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