江文也

江文也（こう ぶんや）：激動の時代を生きた作曲家

江文也（こう ぶんや、本名：江文彬）は、台湾で生まれ、後に日本と中国で活躍した作曲家、声楽家です。彼の生涯は、激動の20世紀前半の歴史に深く刻まれており、その音楽作品は、複雑な時代背景と彼自身のアイデンティティを反映しています。

若き日の音楽との出会い

台湾で生まれた江文也は、幼少期に家族とともに中国のアモイに移住しました。13歳で日本に留学し、長野県の上田中学校に入学。この時期に恩師スコットとの出会いが、彼の音楽への道を決定づけました。その後、武蔵高等工科学校（現在の東京都市大学）で電気工学を学ぶ傍ら、東京音楽学校夜間部で声楽を学び、音楽家としての基礎を築きました。

プロの音楽家として

1932年、江文也はコロムビアレコードのバリトン歌手としてデビューし、プロの音楽家としてのキャリアをスタートさせました。この頃から山田耕筰、橋本國彦に作曲を師事し、作曲家としての才能も開花させます。同年、音楽コンクールで声楽部門に入選し、翌年も2位に入賞するなど、その実力は高く評価されました。また、JOAK（東京放送局）に出演し、「タンホイザー」や「ボエーム」などのオペラアリアを歌い、人気を博しました。

戦時下での活動

1936年、ベルリンオリンピックの芸術競技に管弦楽曲「台湾の舞曲」を出品し、入賞と報じられましたが、実際には選外佳作でした。1937年にはワインガルトナー賞で二等賞を受賞するなど、作曲家としての才能は国際的にも認められつつありました。しかし、日中戦争が勃発すると、彼の活動は大きな転換期を迎えます。戦時中は「肉弾三勇士の歌」などの戦時歌謡や、『第二生蕃歌曲集』の自作自演の録音を残す一方で、中国、台湾、日本の音楽語法とモダニズムを融合させた作品も発表しました。

激動の中国での後半生

1938年、江文也は中国に渡り、北京師範大学音楽系教授として教鞭を執ります。しかし、1945年の日本の敗戦によって、彼は日本国籍を失い、日本に帰国することができなくなります。国民党政権下では「文化漢奸」として拘禁されましたが、その後米軍クラブのジャズバンドの指揮者として糊口をしのぎます。1947年には北京の中央音楽学院教授に就任、1950年からは天津中央音楽院教授として後進の指導にあたりました。

しかし、文化大革命が始まると、「日本帝国主義の手先」として糾弾され、地位を剥奪された上、作品の多くが焼却され、下放労働を強いられました。その間も密かに作曲活動を続け、文革終結後の1978年に名誉回復を果たしましたが、既に病魔に蝕まれており、1983年に北京で亡くなりました。

死後の再評価

中国に残って以降、日本の音楽界からは忘れ去られていた江文也ですが、名誉回復後、香港、台湾、そして中国で再評価が進みました。1999年には伝記本が出版されましたが、誤った記述が含まれていたため、現在は絶版となっています。2004年には彼のピアノ曲が使用された映画「珈琲時光」が公開され、日本でもその名が知られるようになりました。

主な作品

江文也の作品は多岐に渡りますが、代表的なものとしては以下のような作品があります。

管弦楽曲:
「台湾舞曲 Op.1」（1936年）
「南の島に拠る交響的スケッチ」（1934年）
交響曲第1番（1940年）
交響曲第2番「北京」（1943年）
交響曲第4番『鄭成功による台湾解放三百周年を祝して』（1962年）
声楽曲:
「第一生蕃歌曲集 Op.6」
「第二生蕃歌曲集 Op.10」（1936年）
「瀬音」（1936年）
室内楽曲:
「祭典ソナタ」（1910年）
チェロとピアノのための第一ソナタOp.15
ピアノ曲:
「5つのスケッチ（千曲川のスケッチ） Op.4」（1934年）
「城内の夜」（1935年頃）

まとめ

江文也は、激動の時代に翻弄されながらも、その音楽的才能を磨き続けた作曲家でした。彼の作品は、東西の文化が融合した独特の魅力を持っており、今後ますます再評価が進むことが期待されます。彼の生涯は、音楽だけでなく、歴史や文化、そしてアイデンティティについて深く考えさせられるものです。

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