池上線 (曲)

「池上線」（いけがみせん）は、シンガーソングライター西島三重子が1976年4月25日にリリースした2枚目のシングルです。この楽曲は、前年の1975年9月に発売されたファーストアルバム『風車』に収録されていたものですが、評判を呼び、7ヶ月後にシングルカットされました。有線放送などを通じてじわじわと人気が広がり、累計80万枚を超える大ヒットを記録。西島三重子の代表曲として広く知られることになります。

東京の鉄道を題材にしたフォークソングは数少ないながら、中でも特に有名な一曲として挙げられる「池上線」は、東急池上線を舞台にしています。別れを迎える男女の切ない心情を女性の視点から描き出し、歌詞には当時の車内の様子や駅、踏切、商店街といった沿線風景が織り込まれ、昭和の情感あふれる情景が目に浮かびます。歌詞の中で具体的な駅名は明記されていませんが、作詞した佐藤順英氏は、あるインタビューで「角のフルーツショップだけが灯りともす夜更けに」と歌われる商店街が池上駅であることを語っています。この楽曲のヒットは、東京のローカル線とも言える池上線の存在を多くの人々に知らせるきっかけともなりました。

この曲の制作は、作詞を佐藤順英氏が、作曲を佐藤氏の知人だった西島三重子が担当しました。西島自身は、この曲を自分で歌うことは想定しておらず、当時「私鉄沿線」がヒットしていた野口五郎氏が歌うイメージで作曲したと述べています。作詞家の佐藤氏は、この曲への思い入れが非常に強く、「この曲を世に出したくて作詞家になったようなもの」と語るほどでした。

しかし、1976年のシングル発売時、この曲のプロモーションにあたり、東京急行電鉄（現在の東急電鉄）に協力を依頼した際、歌詞の内容が問題となりました。「古い電車」「すきま風に震えて」といった表現が、当時の池上線で使用されていた車両の古さや状態の悪さを想起させたため、歌詞を見た東急側から「車両更新を考えているため会社の方針に合わない」として協力を断られた、と佐藤氏は後に語っています。

実際、1970年代当時の池上線では、ほとんどが戦前製造のデハ3450形をはじめとする旧型車である初代3000系が使用されており、車体の更新は進んでいましたが、製造から40年以上が経過した車両も存在していました。鉄道車両は一般的に製品寿命が長いとはいえ、この初代3000系は1925年の登場から様々な改良を受けながらも、池上線での運行は1989年まで続きました。東急電鉄のOBで鉄道研究家でもある宮田道一氏は、当時の状況を「1960年代以降の東急は、田園都市線の開発に注力しており、新型車両はまず東横線に投入され、池上線では昭和初期の古い車両が走り続けていた。あの曲が生まれたのは、まさにそのような時代だった」と語っています。

「池上線」はじわじわと息の長いヒットとなり、西島三重子自身がヒットを実感する間もなく、後世には「懐メロ」として親しまれるようになります。1970年代のフォークソング名曲集などに多数収録され、多くの有名歌手によってカバーされることで、「昭和の名曲」として歌い継がれていきました。

2000年代に入ると、東急社内でのこの曲に対する評価は大きく変化します。背景には、楽曲が長年にわたり愛され続けたことに加え、時代の流れとともに価値観が変化したことがあります。高度経済成長期の1970年代には、新しいものが善とされ、古いものは劣ったものと見なされがちでしたが、その後のレトロブームなどを経て、古いものの持つ良さや味わいが見直されるようになりました。

東急池上線自身も、「都心を走るローカル線」としての魅力が改めてクローズアップされ、駅舎リニューアルでは既存の木造駅舎の趣を生かしたり、沿線の商店街の景観と調和するレトロ調のデザインが採用されたりしました。さらに、池上線・東急多摩川線で運行される1000系には、かつて池上線を走ったデハ3450形の塗装を復刻した「きになる電車」や、初代3000系の塗装を再現した「緑の電車」といったラッピング車両が登場しました。かつて歌詞で「古い電車」と歌われ、それがプロモーション時の課題となった車両が、時を経て復刻ラッピングとして「復活」したのです。

2007年から2008年にかけて、東急電鉄は池上線・大井町線開通80周年を記念し、沿線自治体や商店街と連携したプロモーションを展開しました。その一環として、2007年12月16日には池上線で特別列車を運行し、うち1本を「名曲池上線号」として、西島三重子を招いた車内ミニライブとトークショーを開催しました。この列車には、池上線80周年記念ヘッドマークを掲げた1000系が使用され、沿線のマスコットキャラクターも同乗しました。

リリース当時の東急との経緯を知る西島三重子は、この車内ライブの実現に「不思議な感じがした」と語っています。また、この企画を担当した東急電鉄の若手社員（当時27歳）は、かつての出来事を全く知らずに西島氏に出演を依頼したため、西島氏から「今度は大丈夫ですか？」と聞かれて驚いたというエピソードも残っています。これは、「池上線」が発売から30年以上を経て、21世紀になり東急電鉄からも正式に「池上線の名を全国に広めた名曲」として認められた象徴的な出来事と言えるでしょう。

西島三重子はその後も池上線沿線活性化プロジェクトに参加しており、2018年開催のイベント「池上線全線祭り」では、特別列車「乾杯電車」の車内で再び「池上線」を披露しています。西島氏はイベントで、歌詞の舞台となった駅について「どの駅かとよく聞かれますが、あなたの心の中にある池上線の駅を思い浮かべてほしい」と聴衆にメッセージを送りました。

2012年11月7日には、門谷憲二作詞によるアンサーソング『池上線ふたたび』を発表。2015年には新バージョンもリリースされています。

「池上線」は多くの歌手にカバーされており、1978年には狩人、1984年には高山厳、1986年には森昌子、2003年にはチェウニ、2012年には山本あき、2014年には大江恵、2023年には錦織一清がそれぞれカバー作品を発表しています。特にチェウニや大江恵のカバーはリバイバルヒットにつながり、ミュージックビデオには当時の池上線や車両が登場するものもあり、大江恵のMVは東急電鉄が撮影に協力しています。

現在、通信カラオケでも「池上線」は広く提供されており、特定の機種では当時のミュージックビデオや池上線の風景、車両を映した専用映像が楽しめるものもあります。

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