池田芳蔵

池田芳蔵（いけだ よしぞう）は、1911年（明治44年）5月8日に兵庫県で生を受け、2001年（平成13年）8月13日にこの世を去った日本の実業家です。戦後日本の経済界、特に大手総合商社である三井物産において、経営のトップとして大きな役割を果たしました。晩年には公共放送である日本放送協会（NHK）の会長を務めたことでも知られており、その功績に対しては大英帝国勲章KBEが授与されています。

学生時代は神戸二中、旧制第三高等学校で学び、1936年には東京帝国大学経済学部を卒業しています。学生生活を通じて野球部に所属していたことは、彼の人物像の一端を示すものかもしれません。

大学卒業後、1936年に三井物産に入社。キャリアの初期は食料品関連の部門で経験を積みました。その後、国際的なビジネスの現場で実績を重ね、ニューヨーク支店次長（1954-1958）、台北支店長（1961-1963）、ロンドン支店長（1963-1965）といった要職を歴任。ロンドン支店時代には取締役を兼任するなど、その手腕が高く評価されました。帰国後は業務部長（1967）、常務取締役（1968）、副社長（1971）を経て、1973年に代表取締役社長に就任。1979年には代表取締役会長となり、1982年に退任するまで、激動の時代における三井物産の経営を牽引しました。

三井物産社長時代において、池田氏が特に力を入れた事業の一つに、イラン・ジャパン石油化学プロジェクト（IJPC）があります。この巨大プロジェクトでは山下英明氏を中核人物に据え、積極的に推進されました。しかし、途中で発生したイラン革命やその後のイラン・イラク戦争といった国際情勢の激変により、事業は極めて困難な状況に陥り、最終的には撤退を余儀なくされました。この、まさに「バンダルの塔」ともいうべき波乱の物語は、作家・高杉良の同名の小説に詳細に描かれ、広く知られています。

三井物産を退いた後、1988年7月に池田氏は新たな舞台に立ちました。異例ともいえるNHK会長への就任です。これはNHK史上初めての財界出身の会長として注目を集めました。しかし、就任時の年齢が77歳であったことが、当時大きな波紋を呼びました。なぜなら、当時の政府の閣議決定では、特殊法人の役員は原則として65歳、特別な事情がある場合でも70歳までと定められていたからです。この年齢制限を超える人物の就任には曲折がありましたが、最終的には政治的な調整によって会長職に就くこととなりました。

しかし、就任後、池田氏の会長としての職務遂行能力に対して疑問が呈される事態が頻発しました。特に国会における答弁の場で、その問題は明らかになりました。1988年12月に行われた衆議院逓信委員会での質疑応答では、議員からの質問に対して突然英語で応答しようとしたり、日本語での答弁も質問の趣旨と噛み合わない、あるいは支離滅裂と評される内容であるなど、混乱が見られました。

翌年の1989年1月4日に行われたNHK職員向けの新年挨拶においても、同様の混乱がありました。通常、このような公式の挨拶では事前に秘書室が準備した原稿を読み上げるのが慣例ですが、池田氏は原稿を使用せず、自らの言葉で話し始めました。この際、大阪放送局（BK）を誤って「AK」と呼んだり、当時世間を騒がせていた潜水艦なだしおの衝突事故現場（横須賀沖）を「瀬戸内海」と発言するなど、明らかな間違いが含まれていました。この異例の挨拶は、後に会報に掲載される際に、事務方が大幅に修正・加筆したと見られる内容に差し替えられたほどでした。

こうした一連の状況を受け、1989年3月には国会で池田氏の会長としての適格性が問われるに至り、早期の退任を求める声が強まりました。池田氏自身は辞任する意向がなかったとされますが、最終的には経営委員長らが主導する形で事態が進展しました。その結果、同年3月31日、本人の意に反する形で辞表を提出し、4月4日をもってわずか約9ヶ月という短期間でNHK会長職を辞任することとなりました。

池田芳蔵氏の生涯は、三井物産のトップとして国際的な大事業に挑戦し、その功績が称えられた実業家としてのキャリアと、晩年に就任したNHK会長職において短期間で退任に至った波乱の側面という、極めて対照的な顔を持っています。特にNHK会長時代の出来事は、当時の公共放送のガバナンスや役員人事のあり方について、社会的な議論を呼ぶ一幕となりました。

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